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浅井信雄の「記憶の細道」  

プロフィール

ブログ名
浅井信雄の「記憶の細道」  
ブログ紹介
@ジャーナリストと研究者の二本道を歩んだ約半世紀の記憶をたどりつつ、いま伝えたい思いをほぼ私自身が撮影した写真とともに記載。
@この記事は350回におよんだ「憶の細道 明けの道」を改題した続編です。「憶の細道 明けの道」のバックナンバーへは以下から入れます。http://www.sankeipro.co.jp/asai/
@「横浜ベイスターズ讃歌」は2010年4月13日から以下に独立。http://blog.zaq.ne.jp/nami2010midori/
@写真をクリックすると大きくなります。
@写真・記事の無許可転載を完全禁止。Copyright(著作権)はASAI Nobuoに帰属。

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第402回 読んで損しないストーリーと言葉 7

2012/01/31 20:37
「国会中継なんか見ているとね、
よくあれで議員が務まるなと
思いますね。
『恥ずかしい』がなくなって
しまったのかな」

(高倉健、80歳の心境)


       @@@@@


「夫婦関係は悪質なカゼ。
熱は冷めているのに
咳(籍)が抜けない」

(綾小路きみまろ。NHKテレビで)


       @@@@@


「日本は島国で
民族、言語、宗教etcの
摩擦が少ない。
だから他国との交渉に馴れていない。
経済外交の人材も少ない」

(兼高かおる、82歳を振り返って)
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401回 読んで損しないストーリーと言葉 6

2012/01/02 17:58
新興国58億人が次々と離陸する
条件が揃っている。
たった15%の先進国の
灰色の景色と違って、
85%の人々は明るい未来を夢見ている。

(北海道の知人の年賀状から)

     @@@@@


「ヘヴィメタ」からノーマルなメタボを
目標に頑張ります。
ノーマルなメタボってノーマルじゃないか。

(あるメデイアの報道マンの年賀状から)


     @@@@@


人間の文明とは、いかに無明であることか。
人類は人類の不幸で自らを悟る。

(出版社幹部の年賀状から)
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400回 マカオで考えた中国 (95) マラッカでの興味深い対話

2011/12/31 04:22
シンガポールから国境を越えて、
車で4時間ほどのマレーシアのマラッカ
をたずねた。

かつてポルトガルの支配地。
ザビエルの遺骸が一時、安置された地。

マカオと共通点がある。
そこで中国をめぐる
思いがけない対話をした。

満席の昼食のテーブルで、中国系男性と
インド女性と相席にさせられた。

中国系男性は、広東省生まれだが、
台湾南部の女性を母に持つ。
国籍はなんと欧州の小国ルクセンブルグだ。
早口で英語をしゃべりまくる。

祖父がスイスに移住して
お茶の貿易を始めたが、失敗した。

孫の代の彼になって、ルクセンブルグに移り、
お茶ビジネスを引き継いでいる。

彼「兄弟姉妹が8人いて、
みんな中国大陸の外に分散移住しているよ」
私「移住先の8つを教えて」

彼「韓国、台湾、オーストラリア、ニュージーランド、
シンガポール、アメリカ、カナダ、ルクセンブルグ」
私「それぞれ財産を抱えて、飛び出したんでしょう。
そんな話をよく聞くよ」

思い切ってそう聞いたら、
彼は「わー」っと大笑いした。
肯定の笑いと見た。

中国では法律規則がいつ
「革命的に変更」されるかわからない。
財産ができるとそれをかかえて海外へ。
そんな例が少なくない。

私「いまの中国を誇りに思わないの?」
彼「もちろん祖国の発展の姿に、大きな誇りを感じます」

そう強調した彼も、同時に祖国に不安も秘めているのだ。

彼「分散移住するのはね、ある土地で不測の事態が
生じても、他の土地にいる親族が健全だから、援助できる。
危機管理の原則ですね」

インド女性は南東部、タミルナド州の出身。
元のマドラス州である。英語も話すが、
「本当の母語はタミル語です」という。

私がニューデリーに2年間、住んでいた頃のコックが、
旧マドラス出身だった。

「マドラス・カレーをよくつくってくれた。
とても美味しかった。忘れられない」

話題は中国イメージに変わった。

私「1962年にインドは中国と戦争しましたね。
その戦後処理は終わっていません。国境が不確定です。
インドには中国嫌いの人が多いですか」

彼女「どうしてそんなことを聞くのですか」
私「日本では中国との戦後処理が十分でなく、
たがいに感情的なしこりが残っているのです」

野田総理は2011年12月10日すぎに
初めて訪中する予定だった。
「延期できないか」と中国側からいわれ、
結局、訪中は年末になった。

12月13日は「南京事件」から64周年記念日。
中国国内では反日感情が高まる。その時期の
日本の総理の訪中は避けた方がよい。そんな
配慮だったとの見方が強い。

インド女性「中国に対してインドのマスコミは
中立的に報じています。
だって経済的にインドは中国と
関係が深いでしょう」

私「日本も中国が最大の貿易相手です。
でもマスコミは中国の言動を
悪い方に解釈しがちです」

彼女「国境紛争に感情を交えると危険です。
冷静に、多面的に、相手を考えるべきです。
国家関係はいつも多重層的です」

小学校の教師だと自称する彼女の
きっぱりした主張!!
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399回 マカオで考えた中国 (94)サウナで花咲く経済談義

2011/12/25 19:21
マカオに次いで、ラスベガスを越えるカジノ大国に
なろうとしているシンガポールにきた。

クリスマスの当日の朝、ホテルのサウナで、
筋肉隆々の肌が黒く輝く男性と二人きり。

私「今日は曇りだね。時々、雨も降る」
彼「うん、クリスマスの休日に最悪だ。どこからなの?」
私「日本から」
彼「日本へはよく行くよ、東京、大阪、京都・・・」
私「観光コースだね」
彼「いや、ビジネスで。日本は万事、きちんとしている国だ」

私「シンガポールも規則にはきびしい。シンガポールに住んでいるの?」
彼「南アフリカから」
私「南アフリカの経済はどう?」
彼「良くないね」
私「世界中で経済のよい国はないよ」

彼「日本の円は強いな。ドルから交換しても円はわずかしかこない」
私「円が強いのじゃなくて、ドルが弱すぎるのよ。日本の財政は借金の山。
大震災や原発事故で負担が増えた」
彼「心から同情したい」

私「アメリカはサブプライム・ローンやリーマン・ブラザーズの危機で
世界中に大迷惑をかけた。ひとこともソーリといわないね」

彼「ヨーロッパ経済もひどい」
私「EU(欧州連合)は一つの国家みたいになろうとしたけど、
なりきれていない。完成した一つの国家なら、ドイツはギリシャをもっと助けるはずだ」
彼「ドイツは無責任だけど、イタリアも無責任。国が破綻しそうなのに、
国民は人生を楽しむことしか考えない」

私「中国をどう思う?」
彼「誰にもわからないさ。でもGDPの成長率は依然として10%近くて、高い」
私「問題は多いけれども、経済のファンダメンタルズはしっかり
していると思う」
彼「同感だ。期待が大きい」
私「中国の経済官僚の多くはアメリカで勉強してきたけど、
アメリカのやり方をコピーしようとはしない。中国の独自の
条件をいつも考えている。そこが救いだ」

サウナの砂時計が10分過ぎて、私は汗だく。
「プールで冷ましてくるよ。一緒で楽しかった」
といって、彼にサヨナラ。

10分間で世界経済を雑談で一周した。
暑いサウナでふたりで同室すると話がはずむ。
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第398回 読んで損しないストーリーと言葉 5

2011/12/07 20:59
講演に行って出迎えてくれた
主催者は、女性ふたり。

大会社の本社役員と支店長。

「こんな経験初めて。女性が
大事にされているんでしょうね」

と聞いたら、

「育児休暇は3年。その間に2番目の
出産となれば、5年の休暇も」
「5、6年休んでからの職場復帰も
あります」

これは珍しい会社か。


      @@@@@

ペットを亡くした近所の飼い主が
すぐ、新しいペットを飼い始めた。

「ペットなら何でもいいんだね」と
陰口をはたくひともいた。

私は在米中に知ったアメリカ人の
言葉を思い出していた。

「ペットのいない家庭など
考えられないよ」

      @@@@@

「かなりお金ができたが、
それをどう使おうかと考えると
ストレスになる」
と、ある医者。

「一度くらいそう言ってみたいものだ」
と、ある美容師。

世の中には、
いろいろなひとがいるものだ。
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第397回 マカオで考えた中国 (93)カジノで見てもアジアが躍進

2011/11/23 22:00
カジノに会社の巨額のカネを使い込んだ
大王製紙事件。

思いがけず、マカオが大宣伝を果たした。

そんなカジノ客がいるからこそ
マカオのカジノ収入はのび、マカオの
税収は潤沢そのものだ。

だから、さる11月15日、
マカオ行政府は住民に
嬉しい宣言をしている。

「2012年も住民に現金を給付する
政策を続ける」

一種のバラマキ政策である。

そのマカオを追うように、
シンガポールのカジノも
収益を急増させている。

シンガポールのカジノの売り上げは
2010年が51億米ドル。

ロイヤル・スコットランド銀行の予測では、
今年は64億米ドルで、昨年を上まわる。

ラスベガスは62億米ドルに
とどまるというから、
この予測が正しければ、
シンガポールのカジノ収益は
マカオに次いで世界2位に躍進する。

アジアが世界の成長センターと
いわれる。そのひとつの象徴が
ここに表れている。

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396回 読んで損しないストーリーと言葉 4

2011/11/20 13:43
「世の中に人はあふれているけど、
誰もあたしになんか関心ないね。
冷たいものよ」
「それを覚悟して生きているよ」

(上野駅の売店のおばちゃん)

     @@@@@

「被災者は保険金をたんまり
手にしてやってくる。
おかげで、預金高が急増しました」

「泣く人あれば,笑う人もありよ」

(仙台市内のある金融機関の営業マン)

     @@@@@

「仙崖(せんがい)という名の和尚が
九州の寺にいた」
「死の床を囲んだ弟子たちが
『最後のお言葉を下さい』
といったら、
返事は『死にたくない』」

「『お言葉を下さい』と弟子たちが強い口調で
繰り返したけど、
返事はやはり、
『なんとしても、死にたくない』だった」

「そんなもんだよ」

(香料を売る博多のお店で)

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395回 読んで損しないストーリーと言葉 3

2011/11/08 20:23
ペットは子どもよりかわいい。
口答えしないから。
(ウサギを飼う、札幌のタクシー運転手)

ペットがかわいいのは、
飼い主への不満を口外しないから。
(湘南の海岸をイヌをつれて散歩中の飼い主夫人)


         @@@@@


ホテルや旅館の繁盛のカギは
個人客の確保。
団体客は景気に左右されやすい。
(東北の旅館のスタッフ)

 
         @@@@@

50歳を過ぎた女性が、
感謝される仕事は介護です。

でも介護してもらいながら、
威張るのは、絶対に男性が多い。
(56歳の介護職の女性)




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第394回 マカオで考えた中国 (92)資本主義エリアの繁栄ぶり

2011/10/31 22:07
中国経済の鈍化が伝えられる中、
中国の資本主義エリアともいうべき
マカオの繁栄はめざましい。

東日本大震災で
マカオと日本を結ぶ飛行機便は
激減し、マカオ航空の損失額は
数億円にのぼった
そうだ。

それが急速に回復している。

マカオ航空は8−10月の間、日本人観光客
を運ぶため、チャーター機を32便増やした。

松山4便、大阪16便、福岡4便、
名古屋4便、小松4便だ。
東京が含まれないのは、
フクシマ原発事故の
後遺症かもしれない。


一部の便は日本観光に来るマカオ人
も乗る。
人気の松山行きは満席が多いそうだ。

加えて、
秋には日本人学生の修学旅行用の
チャーター便
なども用意している。

大阪、東京へは定期便が飛んでいるが、
こんごは団体チャーター便を
日本各地へ増やす方針という。

もちろんマカオへの観光客は
中国本土や香港からのカジノ客が
圧倒的に多い。

高級ホテルのマカオMGMの営業成績は
驚くべきものだ。

今年前半のカジノ業績は昨年と比べて、
VIPホール、125.3%増、
大衆ホール、125.3%増、
スロットマシン客、93.9%増だった。

VIPホールとは、特別に高額の掛け金で
遊ぶ客のための特別室。

実はマカオMGMは、ホテル最上層の一部を
VIPホールに改装し、高額客を増やしていた。

その成功に大いなる美味を味わって、
年末までにホテル2Fの、既存のVIPホールも
拡張するほか、地下の大衆ホールの一角
にも、特別ホールを設ける工事を進めてきた。

景気が良いのはマカオMGMだけでない。

マカオ統計局の資料によると、
6月までの半年間のホテルの平均宿泊率は
83.1%だ。

うち四つ星ホテルのそれは88.3%。
5月のギャラクシー・ホテル開業などで
2000室以上増えたが、
マカオのホテル全体の平均宿泊率は
減るどころか、逆にアップしている。

魅力あるアトラクションを用意したから、
と業界では見ている。

「魅力あるアトラクション」ーー
それはかつてラスベガスが誇った
集客のポイントだ。

7月ー12月の下半期も80%以上の
宿泊率を維持できると予想される。

たいへんな好景気!!

画像

新規開業のホテル「ギャラクシー・マカオ」の成功を特集する雑誌『マカオ・ビジネス』2011年9月号の表紙一部。E・Maedaさんが入手して送ってくれた。(クリックすると拡大)
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第393回  マカオで考えた中国 (91)ポルトガル文化圏の広がり

2011/10/29 21:05
長年月、マカオはポルトガルの
支配下にあった。

だから「カーニバル・ポルトガルの名残り」と
「中国・ポルトガル語圏文化週間」
なる合同のイベントが成り立つのだ。

10月20日から30日まで
マカオ各地で繰り広げられた。

その国際的ひろがりに注目したい。
参加したのはーー。

マカオのポルトガル系市民組織。中国本土、
ポルトガル本国、アンゴラ、ブラジル、
ケープべルデ、ゴア、ダマン、ディウ、
ギニアビサウ、モザンビーク、サントドミンゴ、
プリンシペ、東チモールなどだ。

ポルトガルという国の浮沈の激しさを
知らしめる。

合同イベントでは
音楽、舞踏、山車のパレード、民芸品、
グルメなどの分野で、
アーテイストやシェフが大勢マカオに集合し、
珍しいパフォーマンスを競った。

こうしたポルトガル語をきずなとした
世界的ひろがりを
中国政府は戦略外交に
巧みに活用しているのだ。

国家の多様性の効用である。
単一民族国家の弱みをも
教えてくれる。

単一民族国家が強みであった時代もある。
今日の世界は明らかに違う。

画像

「坤記餐室」は、素朴で家庭的なポルトガル料理を出すマカオのレストラン。1918年創業とある。マカオ在住のポルトガル人が経営し、場所は匯業銀行(アジア・デルタ銀行)の向かい。この銀行はかつて北朝鮮がマネー洗浄に利用した疑いを米国に持たれたが、真相はいまでも不明。写真はE・Maedaさん撮影。
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第392回 読んで損しないストーリーと言葉 2

2011/10/27 08:01
ある新聞社で初めて女性部長になった
Kさん。

「大事なのは『金持ち』より『人持ち』よ」

もちろん高齢社会への備えだ。
気楽に話せる知人が多いほどハピーな老後。

Kさんはすでに故人。

        @@@@@

「技術は使う人の成熟や道徳を問わない。
だから幼さを残したまま成熟したような
人があつまり、独特の文化ができた」

技術の街、秋葉原について、
作家、柴田翔の発言。

ネットだ遊ぶ多くの人たちのことを
思ってしまう。

        @@@@@

リビアの故カダフィ指導者の遺体が
埋葬された。

大佐の他に肩書きはなく、でも最高権力者だった。

日本政府がリビアの国祭日などに祝電を打つとき、
あて先になんと書いたか。

「リビア国革命指導者カダフィ閣下」

外務省筋によれば、苦心の作とか。

画像

ドバイのテレビ局アルアラーンが2011年10月28日放映した葬儀の模様。カダフィ、息子ムタシム、国家安保顧問だったアブバクル・ユニスの3人が同時に埋葬。イスラム式の手順による。3人の棺おけが次々に放映されたが、どれがだれかは不明。最初に放映されたのがこの遺体で、顔面が一番崩れていた。
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第391回 読んで損しないストーリーと言葉 1

2011/10/24 15:42
博多でタクシーに乗った。
「やっぱり屋台のラーメンでも
食べるかなあ」
といったら、
運転手は答えた。
「ラーメン屋台よりも普通のラーメン屋
のほうがうまいよ」

かれが店を教えてくれた。
滞在先のホテル・ニューオータニから
歩いて行ける。

ラーメンと水餃子を注文。

麺は固さで4種類もあり、
好みを選ぶ。
そんなラーメン屋は
生まれて初めて。

現地生活者の言葉は重い。


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日本で初めてノーベル物理学賞を
とった湯川秀樹。

「科学が進歩するというのは(中略)
マイナスの方も、
だんだん大きくなって行くんです。
そういう危険を完全に防ぐということは、
科学の力でもできない」
(『文芸春秋』1954年1月号から)

フクシマを考えながら思い出す。


@@@@@


水戸藩主の徳川光圀は
中国からの亡命者の朱舜水(しゅしゅんすい)
を保護した。

儒学者の朱は、ラーメンを光国に
教えて、試食させたそうだ。
(茨城大学准教授・磯田道史)

水戸藩は東京ドームとなりに
庭園・小石川後楽園をつくったが、
朱は「中国の風景をとりいれなさい。
発想が大きくなります」と助言した。
円月橋もそのひとつ。

「大きい発想」とは「戦略的発想」。


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390回 マカオで考えた中国(90) 孫文は医師だが、博士ではない

2011/10/13 09:59
2011年は中国の王朝にピリオドを打ち、
共和制を実現した
辛亥革命から100周年。

歴史を刻んだのは10月10日、
革命の主役は孫文。

「孫文と辛亥革命」についての
記念行事や展覧会が、各地で開かれた。
大陸中国でも台湾でも、また日本でも。
孫文を助けた日本人もいたからだ。

たとえば、宮崎滔天、梅屋庄吉らである。

孫文は、大陸中国でも台湾でも
「国父」として尊敬される
珍しい人物だ。

ただ中国では孫文よりも孫中山
と呼ばれることが多い。
マカオでは孫文博士の呼称もあった。

2011年9月28日付けの「マカオ日報」
によれば、
孫文研究の学会などで
「孫文に博士の肩書きををつけるのは間違いだ」
と最近、議論されているそうだ。

孫文は博士号を取っていないし、博士を自称した
こともない。

ではどうして博士にされてしまったのか。

実は孫文は1890年代、マカオに住んで医者を
しており、孫文医士で通っていた。

マカオでは偉人にポルトガル語のDoutorの
肩書きをつけて、道路標識に示すことがある。
ポルトガルでは、Doutorは博士の称号。

ちなみに、
ドイツでは普通の人が博士の肩書きで
表札を出したがり、博士号は持たぬのに
博士を名刺に書き込む人もいる。

ポルトガル支配が長かったマカオでは
ポルトガル語が先にあり、
それを中国語に翻訳したケースが多い。

孫文もマカオの道路標識に名が残るが、
肩書きはDoutorではなく、Drがついている。

19世紀末から20世紀にかけて
ポルトガル語の新聞や雑誌でも、
ひんぱんに孫文にDrの肩書きをつけていた。

孫文のDrは医者の意味だったが、
だれかがDoutorとDrを
同じに解釈し、博士と誤訳してしまった。

単なる誤訳の問題。それが目下の結論らしい。

長年月のポルトガル支配から中国に返還された
マカオの、
2重の言語状況でもあろう。

画像

マカオで孫文が住んだ家を1930年代に親族が改装。いまは「国父記念館」になっている。2009年12月撮影。
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第389回 マカオで考えた中国 (89) 映画が点火した北海道ブーム

2011/09/30 15:50
中国で公開された日本映画が
中国人の日本理解を促した話は
すでに書いた。

ここでは日本でロケした中国映画が
中国で公開されたのを背景に
北海道の不動産販売が実現した
実話を紹介したい。

映画の原題は「非誠勿擾」。
直訳すれば
「誠でなければ、擾 (みだ) すな」。

意訳すれば
「本気でつきあえる人を望む」。
この意味では、
中国の結婚相談所の広告にしばしば使われる。

日本で公開された時の邦題は
「狙った恋の落とし方」。

ストーリーは、女性で傷ついた男性 が
新しい結婚相手を求めて旅を重ね、
やがて、ちょっと陰のある女性と
理解しあう。

そんなストーリーよりも
ロケ地の魅力が観客を喜ばせた。
ロケは北京、杭州の観光地、それから北海道に飛び、
網走、釧路、知床、そして湖や温泉、
各地の国立公園など
見せ場が豊かであった。

監督や配役も魅力的であったが、
内外の観光名所の場面が
すばらしかったと聞く。

2008年に公開されると、
中国国内で大ヒットし、
中国から北海道をめざす観光客が
急増していった。

そんな動きを背景に、日本の大手家具専門店の
ニトリがチャンスを生かした。
ニトリが中国工場で取り引きのある
中国企業のトップを北海道に招待した。

以下は、経済産業省の元官僚だった古賀茂明氏が
ニトリの担当者に聞いた話として、
著書『日本中枢の崩壊』
に書いている。

「北海道の美しい風景を満喫した彼らは、
誰からともなく、『こんなところに住みたい』
『次回はもっとゆっくり滞在したい』といい出した。
この辺りに家を買ったらいくらになるのか、
という話になり、その場で二〇人近くが、
もしニトリが世話してくれるのなら家を買う
ということになったのだ」

「ニトリはいろいろと心配した。
中国人が二〇人もまとめて家を買うといったら、
反発があるかもしれない、国内の
商売に障害となるかもしれない」

「しかしこれだけ北海道の美しさを賛美して
くれる中国人たち。
その気持に応えて日本に何回も来てもらい、
お互いに触れ合えば、
日本のこれからの発展に有益だ。そう思って
ゼロから始めて別荘地を開発、
当初約束した全員に販売したのだ」

わたし自身もその別荘地の近くを
タクシーで通ったことがある。

「あれが有名な中国人の別荘地帯です」

運転手が指さした。
豪勢な別荘というよりも、快適に長期滞在
できそうな住まいではあった。

日本や日本人を嫌いだという中国人を
わたしはいく人も知っている。
日本での経験を積んだら、
「嫌い」から「好き」に転じた中国人もまた
少なくない。

もちろん中国嫌いの日本人が、
中国を訪問してから「好き」に変わった例も
現実にある。

古賀氏も書く。

「われわれを嫌いだと思っている人ほど
日本に呼んで、日本を好きになってもらうことが
大事なのだ」

画像

中国映画「非誠勿擾」が中国人の北海道観光ブームに火をつけたと報じる中国の雑誌「人民中国」のオンライン日本語版から。見出しに「われはゆく北海道へ」とある。(写真をクリックすると拡大できます)
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第388回 マカオで考えた中国  (88)  尖閣問題・二つの視角

2011/09/29 11:50
尖閣問題をめぐっては、
中国の最高レベルで激論がかわされる。

そんな情報がもれ伝わってくる。

当然である。

日本は中国にとって
最も重要な国のひとつである。
とくに経済関係は文字通リ
相互依存の互恵関係にあるからだ。

2010年秋の尖閣衝突事件は
世界の耳目を集めたが、こわもての中国が
イメージダウンを招いたとの、反省も
内部でなされたそうだ。

対外イメージアップと
日本との関係をよくすべし、との主張も
一時、力を得た。
だが「それだけでいいのか」
との新しい反論も、また頭をもたげる。

中国が何もしなければ、
尖閣諸島は日本領だとの
日本の主張を黙認
することになる。

「あくまでも尖閣諸島は中国のもの、
少なくとも日中間で係争中だ
との状況をつくっておかねばならない」
といった主張が説得力をもってくる。

そこで尖閣諸島に、中国の公的機関の
監視船や調査船が接近してくる。
2011年8月と9月にもそんな動きがあって、
日本の民主党政権は
対応にあわてた。

前年の衝突事件は民主党代表選挙による
政治空白にタイミングを合わせた
ようだったが、
今回も日本は似た政治状況であった。

中国内部の最高レベルで激論が交わされる。
その情報そのものは、
やはり注目すべきことではある。

政治担当者だけでなく、人民解放軍の関係者
も議論に関わることがある。

それだけでなく、近年、人民解放軍が外交の
主導権をとったらしい気配も
うかがわれる。

ただ周辺諸国との領土領海問題は
チベット問題や台湾問題、
さらには新彊ウイグル問題とは違う。
これら三つは中国の国家統合の核心に
ふれる。

だから「核心的利益」と公式にも繰り返して
叫ばれるのだ。

領土領海問題はまだ中国は「核心的利益」とは
公式に明言していない。
オバマ米政権の最初の2年間、
国務副長官をつとめたスタインバーグ氏が
注目すべき発言をしている。

「(2010年春、中国)訪問を通じて
分ったのは、中国が南シナ海を非常に重要だとは
考えているものの、台湾やチベットと同じ
『核心的利益』に属するかどうかについては、
明確な決定を下していないということだった」

これは彼が加藤洋一氏とのインタビューで
答えているものだ。

南シナ海と東シナ海を中国は
戦略的に同じ視野で見ている。
少なくとも2011年秋の時点では、
領土領海問題について、
「周辺国とは調整段階」との認識がある
と見える。

中国は周辺諸国に時に強硬な構えを見せる。
他方で中国の国防予算が年平均10%ほど
増えている。

その二つはどうしても
結びつけられてしまう。

中国の人民解放軍の近代化は、
中国の周囲に存在する米軍を
意識している。

日本、韓国に駐留する
米軍や第7艦隊を含めて強力な布陣をしく。
それを中国が警戒するのは間違いない。

中国大陸の上海など沿海部の大都市は、
外部からの攻撃に弱点が多い。

かつての中ソ対立中、中国は
旧ソ連との国境に近い重工業を
南部の四川省へ移転した。
いま上海、香港などの機能を内陸部へ
移すといった発想はゼロに近い。

ミサイルや核はいわば対抗手段であり、
外からの攻撃を防ぐ
抑止力を期待している。

米軍もまた中国の強国への道を
警戒している。とくに台湾への北京政権の
真意を楽観してはいない。

中国と米国の相互の軍事的警戒感、
そのどちらが先にあったかは、
あいまいである。
少なくとも、
中国と米国がたがいに強く意識しあっているのは
確かである。

そんな中では、
一方の軍事的動きはかならず
他方を揺り動かす。

日本が米国と相談して
国防の重点を北方から南方に移す。
また米国との同盟関係を深める。
米国が台湾に武器を追加供与する。

こうした動きは、一見、
中国に対抗するようであるが、
同時に中国をあわてさせて
軍事強化に追いやる。

これは「軍拡の相互エスカレーション」の
古典的な形だ。近年は「安全保障のジレンマ」
とも呼ばれる。

なぜそうなるか。

たがいに信頼感が十分でないからだ。
信頼関係を高めるための
多くの努力はなされてはきた。
少なくとも相手に「危害を与えない」と、
約束し、相手に納得させることができればよいのだが、
それはむずかしい心理作業でもある。
信頼できるかどうかは心理の分野なのだ。

米国と中国の間には2011年5月に
ひとつの重要な合意があった。
「戦略安全保障対話」を始める、というものだ。
相手に「危害を与えないと再保障する」
のが大きな目的である。

安全保障対話の積み上げが、
相互信頼への決め手になるとは信じにくいが、
米中ともそれによって、
なんとか「関係を安定させよう」と
意図したのは間違いない。
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第387回 マカオで考えた中国 (87)「友好か対決か」の択一でなく

2011/09/29 10:55
日中関係ではずっと「友好」のスローガンが
幅をきかせてきた。

そのスローガンは、いつも影を背負ってきた。

日本が中国に害を加え、
そのキズが十分癒えないうちに、
つまり戦後処理が完結しないうちに、
中国が多くの分野で日本よりも
力をつけようとしている。

陰影の度合いはさら微妙な段階にある、と
いってよい。

一般論でいって、
国と国の関係は友好一本やりではいかない。
悪玉と悪玉の関係
とはいわないにしても、
利害関係がますます複雑になっている。

その調整がうまくいった時に、
かろうじて良好、ないし安定した関係が
成り立つ。

国家関係をこじらせる最たるものが、
領土領海をめぐる争いであろう。

日本と中国の間にも,尖閣諸島の難問がある。
中国の実力者、ケ小平でさえ、解決にサジを
投げた。

「次の世代にまかせよう」と
有名な言葉を残したまま世を去った。

次の世代、つまり今日になっても、
問題はさらにこじれている。

ベトナムやフィリピンを巻き込んだ
南シナ海の領有権争いも、
尖閣問題と重なってくるからだ。

おそらく尖閣問題は日中の利害関係を
うまく調整できるかどうかの
試金石になると思われる。

尖閣諸島について
野田佳彦政権の発足直後の2011年9月、
ニューヨークでの日中外相会談で話題になった。
双方が「尖閣諸島は自国領」と
いいあって終わっている。

1年前、中国漁船が日本の巡視船に
衝突したとき、当時の前原国交相は
「尖閣諸島をめぐって、領土問題は存在しない」と
いいきった。つまり尖閣諸島は
日本領土に決まっているではないか、
という意味だ。

米国のクリントン国務長官は
「尖閣諸島は日米安保条約の対象」と
発言して、日本側を喜ばせた。

その時、クリントン長官は尖閣諸島の帰属には
ふれなかった。日本領とも中国領とも
踏み込まなかった事実は、記憶されていい。

今日、日中間に領土問題が存在しない、と
のいい方で、だれをも納得させることが
できるかどうか。

2011年8月、中国の監視船が尖閣諸島
の近くの、日本が自国領海と主張する
海域に入った。

前年と違って穏便なかたちで
収拾されたが、こうしたトラブルが
重なることによって、
はっきり「領土問題の存在」が
印象づけられた。それは否定できない。

前述の日中外相会談で合意点もあった。

「両国は、海上における危機管理メカニズムの構築に向け,
事務レベルの調整を引き続き進めていくことで一致した」

この合意は、尖閣諸島をめぐる緊張緩和に
プラスするものかどうか。
「引き続き進めて」とあるのは、これまでも
やってきたけど効果があがらなかった、
とも解釈できるのだが。

画像

野田政権下での初の日中外相会談。左が日本側。2011年9月、ニューヨークで。外務書のホームページから。
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第386回 マカオで考えた中国 (86) 政治を先導する文化

2011/09/17 09:35
中国が日本に熱狂!!
そんなことも起こりうるのだ。

政治や経済では、いろいろな思惑が
交錯する。
それが日中関係をギクシャクさせる。

日本も中国もたがいに相手を重要だと
思っている。
にもかかわrず、日本にも中国にも
相手国をきらいなひとがたくさんいる。

「どうすればよいだろうか」

日本でも中国でもそんな質問を
しばしば受けてきた。
先閣問題のころも、
中国のあるメディアからそう聞かれた。

わたしの答えはいつもただひとつ。

「民間の文化交流をさらに強め、
深めることです。
国民感情がよくなれば、政治関係も
良い方向に影響を受けます」

民間の文化交流には
映画、音楽、スポーツ、マンガ、アニメ、ダンス、
さらには食文化も含まれる。

キャラクター・グッズもすぐ国境を超える。
サンリオのキティちゃんなど、中国だけでなく
東南アジアの一部でも大人気と聞く。

2011年9月16日夜、
SMAPのコンサートが北京で開かれた。
やっと実現したか。
それがわたしの実感である。

前年6月、上海万博で予定されたSMAPの
コンサートが中止された。わたしは中国の
ある当局者に不満を伝えた。

「間違いだ。両国関係がすさんでいるときこそ
民間のSMAPの公演などは、実現すべきです」。

先方の答えはこうだった。

「SMAPは人気があるから、ファンが殺到して、
混乱し、不測の事態になるかもしれない。
そうなるとかえって、
両国関係に打撃を与えます」

わたしは「違う」と思った。
ファンだけなら、警備を厳重にして、
なんとかコントロールできるはずだ。

反日感情の強いひとたちが、
ファンにまぎれて混乱のタネをまくことを
恐れたのではないか。
そをは警備の強化では抑えきれない、
との懸念があったのではないか。

北京でのSMAPコンサートは
4万人の聴衆を
集めて大成功だったと伝えられる。

中国外務省の報道官は、
前向きにコメントした。
「交流を通じて国民感情の改善を期待する」

国民感情。それが重要なのだ。

上海万博で中止されたSMAPコンサートは
その後も、先閣問題などで、延期された。

2011年5月に来日した温家宝総理が
SMAPに会って北京招待を伝えて、
公演が実現した。

政治が文化を利用したというよりも、
「文化による国民感情の改善パワー」を
政治が改めて気づいたということだ。

文化が政治を引っぱっている、ともいえる。

発足直後の野田総理も、中国の温総理と
電話で対話、少なくともひとつの
合意をした。

「文化交流や民間交流を、さらに活発にしたい」

いい方向に動いている。わたしは
そう感じている。

画像

SMAPコンサートに集まった中国のファンたち。中国中央テレビ(CCTV)の映像から。
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第385回 マカオで考えた中国 (85) 方向転換も超スピードで

2011/09/13 17:51
現代中国を理解するには
「スピードがキーワードだ」と
すでに書いた。

「素早い前進」ばかりでなく、
「素早い後退」もまた、キーワードかもしれない。

2011年7月23日の中国の高速鉄道の
追突脱線事故を知って、
日本国内では、嘲笑したり、手をたたいて
喜ぶ空気があった。

いろいろな分野で
中国に追い上げられ、追い越される
日本の屈辱感の裏返しだろう。
子どもっぽい、という人もいた。

中国でも、鉄道運行のスピードだけで
勝負するのはおかしい。安全への配慮が
足りなさすぎる。そんな議論が噴出した。

たとえば「国威は発揚できても、事故多発の道に
直進するかもしれない」などだ。

中国のネット上には
「中国の発展方式の脱線だ」、そんな
深読みの指摘もあらわれた。

なにしろ数百人の死傷者を出しながら、
事故発生からわずか1日半で
運行を再開した。

その急ぎっぷりも驚きである。
事故原因の究明もまだなのに、
それでいいのかと思わざるを得ない。

私は事故直後から中国の知人に
「天災プラス人災」との直感を伝えた。
原因究明はその方向に動いた。

かつて私が乗った北京〜天津間の高速鉄道は
時速330キロを記録した。
日本の新幹線の最速限度は280キロである。

ここを走る車両は日本の川崎重工の製品だ。
川崎重工の関係者に聞くと、
「あまりスピードを出さないよう忠告した。
すると中国側は、心配するな。あとは
われわれがやる、といい放った」そうだ。

中国側がどんな手を加えたのか
はっきりしないが、
とにかく川崎重工が想定した以上の
スピードで運行を始めたものだ。

北京〜天津間はカーブもなく、
たしかに脱線の可能性は小さい。
直線だから揺れも感じさせない。
ほかの路線では条件がまったく違うはずだ。

北京〜上海間の高速鉄道の開通も
話題がつきない。

中国共産党の結党90周年にあたる2011年。
それに間に合わせるべく急いだ可能性
はないのか。

日本には、半世紀のわたる新幹線運用の実績
があるが、
その間、小さな事故は少なくなかった。

強風や豪雨に遭遇すると、すぐ新幹線を
停止させた。弱気に見えるほど慎重であった。

2011年9月3日には、
青森からの東北新幹線が
東京駅に着き、乗客が降り始めたら、
3両のドアが急に閉まり、
乗客たちが挟まれた。

そんなときに、乗務員がドアを開ける方法は、
簡単で、事故ともいえないトラブルだった。
でも問題の車両をすぐ
宮城県内にある新幹線点検センターに移動させて、
調査を始めた。

小さな事故やトラブルの積み重ねの上に、
反省と技術革新を進めて、
大きな事故を起こさずにきた、といえる。
 
科学の世界に100%の安全はない。
鉄道事故は必ず起こる。
原発にも100%の安全はない、
というのが、
フクシマ以前からの常識である。

わたしも被災者となった阪神淡路大震災で、
山陽新幹線が通る橋脚が崩壊した。このとき
手抜き工事も暴露された。

列車は橋の手前で停止、
事故はかろうじて避けられた。

その反省から生まれたのは、
「地震発生時には新幹線をまず停止させることが先決」
との結論だ。
それが新技術の開発につながった。

2011年3月11日の東日本大震災にあたって
その発想が見事に生きた。
東北新幹線も停止はしたが、
事故は起こさなかった。
停止すれば事故は起きようがない。

新幹線の沿線各所に設置された
精密なセンサーが、
地震の初期の微動をキャッチし、
大きな揺れになりそうであれば、
地震の本体がくる以前に、
新幹線はブレーキがかかる。

そんな仕組みである。

中国も小さな事故を軽視せず、
そこから技術をみがいていく覚悟が必要であろう。

中国の追突脱線事故を報道で見ると、
落雷で電源が失われて停車し、
そこへ後続の列車が追突した。
それが事実とすれば、
初歩的な欠陥だ。

中国中央テレビ( CCTV)によれば、
事故原因は「緊急安全システムの欠陥」であるとの、
暫定的な判断を伝えた。
鉄道当局は他の路線についても検証を始めた。

この事故を深刻な反省材料にできるかどうか。
もしできれば、
中国高速鉄道の大きな技術革新
につながる。

技術とはそういうものだ。

そんなことを中国の知人と議論していたら、
驚くべきニュースが飛び込んできた。

8月22日、つまり追突事故の1か月後、
1月に開通したばかりの重慶・成都と北京の間の
高速鉄道(在来型)が普通列車に格下げされた。
これはジャーナリストの戸田敬久が重慶から
伝えてきたものだ。

この格下げで乗車時間が10時間増え、
16時間から26時間になる。
計画では乗車時間を10時間前後に短縮するはずだった。
この区間の高速鉄道の「事実上の廃止」を
意味するそうだ。

実は、ほとんどの路線で、9月から
時速40〜50キロの減速を決め、
乗車料金を引き下げた。

まことに素早い方向転換だ。
国威と共産党政権のメンツを
重視する国とは思えない。
そんなものはかなぐり捨てての、Uターンだ。

こんなスピード決定は
日本ではまずありそうにない。

これが超スピードの方向転換の第1例である。
もうひとつ、追加しておきたい。

追突脱線事故で鉄橋から墜落した車両を
地中に埋めてしまった。証拠隠しだと、
激しい非難を国の内外から浴びた。

すると、ただちに車両を掘り返した。
日本では「マンガみたい」と、まさに
嘲笑の対象になったが、わたしはそこに
別の意味を見た。

「これはまずい」と気づいた中央政府の、
嘲笑されるのを覚悟の方針転換であり、
いままでにない対応だった。
過去においては、政府にとって
マイナスの事件・事故が起きても、
たぶんそれを隠し通し、
批判を完全に封じ込めたと思われる。

それをしなかったのは、
やはり注目すべきことだ。

これまでの対応を続けたら、国民が許さない、
やがては政権を揺るがしかねない。
そんな「時代の変化」に共産党政権が気づいた
ということであろう。

そこを見のがすことはできない。

こうした反省の方針を示したからこそ、
信頼性も高まる、と中国は期待している。

9月中旬、中国からグルジア共和国へ
電気機関車40両の輸出が決まった。
山岳地が多いなど、特殊な地形のグルジアに
ふさわしい設計になっているという。

こうして中国の鉄道当局も、
新しい自信を持ち始めているそうである。
画像

2011年8月27日、南京駅に到着した高速列車から降りる家族づれ。この路線もすぐ減速方針が決められた。写真は中国中央テレビのオンライン版から。
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第384回 マカオで考えた中国 (84)試行錯誤の言論政策

2011/09/08 16:58
2008年、中国のチベット自治区で
新しい暴動が起きた。

タミングから見て、
間もなく開幕予定の北京オリンピックを
にらみ、
世界の関心を集めたかったのだ。

1949年成立の中国の
人民解放軍の武力によって、
いやおうなく自治区として中国に併合され、
ずっと力でおさえ込まれてきたと、
西側は見る。

その状況は変わらず、
「許されざる人権無視」である。
それが西側は一貫した評価だ。

新しい暴動発生を知って、
西側のジャーナリストは現地取材に
殺到した。

が、まず、チベット入りを
制限された。自治区に入れた者も、
きびしい取材制限を受けた。

中国政府の言論政策に対して、
西側の多くのマスメディアは
激しい非難のつぶてを投げつけた。

翌2009年、こんどは中国西端の
新彊ウイグル自治区で
またまた反乱が起きた。

外遊中の胡錦涛・総書記が
予定を切り上げて、あわてて帰国した。
それほどの深刻さを秘めた反乱であった。

またも多くの西側ジャーナリストは
現地取材を申し入れた。

そのひとりから直接聞いた話だ。

「どうせ自治区に入れないか、
たとえ入っても、
数日で追い出されると思って、
気楽な気持で出かけた」
「だが予想に反して、自治区にはすぐ入れたし、
取材もかなり自由だった。意外だった。
長く滞在できて、疲れ果てた」

現地取材ができて、むしろ困惑していた。

なぜ、こんなことになったのか。

中国政府のメディア担当者から聞いた。
あきらかに言論政策の転換である。

「チベットでの取材制限は中国の
世界でのイメージを傷つけた。
そこで、新しい対応をとった」
「外国メディアには大きな取材の自由を
認める。ただし国内メディアには
そうはいかない」

言論政策には必要に応じて、
修正が加えられている。
外国メディアと国内メディアに対する対応が
違ってきたのだ。

根拠はすでに耳タコ状態で、
繰り返されたものだ。
「国内メディアに大きな
自由を与えると、それが社会を混乱させ、
国家の統合を揺るがしかねない」

中国当局が危機感を寄せる最大のものは、
二つある。

社会の安定と国家の統合である。

2011年7月の高速鉄道事故では、
かなり多数のメディアが、
大胆に当局批判を展開した。

だがやがて、当局の引き締めにあって、
メディアはまたも萎縮せざるを得なかった。

「中国は変わらないな」

そんな感想が、あちこちから聞かれた。

だが、注目すべき変化の兆候もあったと、
私は考える。
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第383回 マカオで考えた中国(83) 泣いた海江田と中国

2011/09/01 09:56
「鉄道オタクと、
国会で泣いた閣僚と、
戦争犯罪人の嫌疑を晴らそうとする人物」。

<その3人のトップ争いだ>
英国の有力誌エコノミストはそう書いた。

いうまでもなく、
順に前原、海江田、野田をさす。

海江田は自称「中国通」である。
では中国の海江田評価はどうなのか。

中国の「日本ウオッチャー」のひとりは
私に意外なことをいった。

「中国では政治家が泣くのはそれほど
悪いことではない。
人情味のある人とも思います」

「泣く」行為について日中の評価の違いが
わかって、興味深いが、私がちょっと反論。

「政策上の問題で泣くのではなく、
自分の個人的な身の振り方で泣くから
日本では評判が悪いのです」

小沢氏も
海江田支持を決める前、
低い評価を下し、嘆いていた。
「海江田は泣いちゃったからなあ」

ちなみに、演歌歌手、石川さゆりさんは
泣かない子だった。
なぜ?と聞かれて、たったひとこと、
「かっこ悪いから」

とくに、個人的な事情で泣く男について、
「かっこ悪い」と感じる日本人は
少なくないと思う。

菅内閣総辞職の直前になって、
海江田は「辞任したい」と菅総理に
申し出た。
「あとわずかだから、やってくれ」と
受理されなかった。

こういうのも「かっこ悪い」のだ。
公約した辞任のタイミングを逃したからだ。

小沢に期待する中国、
その小沢が最終的に支持する
ことになった海江田。

だから中国の海江田評価が
甘いのかなとも感じたが、
それだけではない。

前原も野田も、思想的に、あるいは
歴史認識で中国をいらだたせてきた。
その反動もあっての
海江田びいきかもしれない。

実は、海江田と中国の関係はあいまいだ。

「中国のことをよく知っている。
中国で立派な演説をしたこともある」

知人の中国人はそう話した。

私は海江田と同じテレビ番組で、
数年間、いっしょに仕事をしたことがある。
個人的にはかれに親近感をいまでも抱く。

海江田は中国語もかなり話す。
漢詩を引用したり、中国のことわざを
話に交えたりする。そのことは
最近も報道されている。

国会での野党の攻勢を予測して、
手のひらに「忍」の漢字を書いて
見せたこともある。

代表選挙直前に、中国の新聞『環球時報』は
早々とこんな期待を大きく掲げた。
「中国語を話せる日本の首相が誕生か」

ただし、まったく否定的な海江田評価を
私は北京で聞いている。

「海江田は中国について雑学はあるが、
本質を知らない。自分が中国を
知っていると、過信している」

たしかに代表選の事前討論会の席で、
海江田は「自分は中国とのパイプが
いくつもある」などと、
自慢そうにのべていた。

それをいわなければよいのに、
と私は感じた。

隣国同士の長い歴史の中で、
中国とパイプを持つ日本人は
たくさんいる。そのパイプをどう使うかが
問題なのだ。

「自嘲的ウィット」の野田の前に
「自信過剰」の海江田は
敗れ去った。

もし、海江田が代表選で勝っていたら?

さまざまなシナリオを
考えざるをえない。

代表選の結果は、中国の期待に反した。

野田総理の登場に、日中関係は波乱含みのスタート
を予感させた。

同時に、双方が過去の言動から
現実政策では変わる可能性もある。

代表選挙の模様を注視していた中国人の
ひとりは私にいった。

「当初は心情的に海江田びいきだったが、
スピーチなどを聞いているうちに、
野田の方に傾いていった」

中国紙『新京報』も書いた。
「中日関係はいまでは、個人の性格や立場を
超えた段階にきている」

日中両国政府はともに
「ウインウインの関係にしたい」と、
公約している。

ウインウインの関係とは、
互恵関係、つまり
双方の利益になる関係だ。

少なくとも、2012年秋の民主党代表選挙
などまで見すえて、中国は小沢の政治力の
盛衰を慎重に見きわめる作業を始めた
に違いない。

画像

2011年7月29日、国会で「辞任の約束を果たさないのは、菅総理と同じではないか」と追及され、答えに窮して号泣する海江田氏。テレビ映像から。
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第382回 マカオで考えた中国 (82)野田への期待は「政治的外交」

2011/08/30 15:19
「野田ってだあれ?野田の資料はないか」

と日本にいる外国人の記者たちは
あわてた。野田が次期総理に
決定したころの話だ。

野田はパフォーマンスのない
地味な政治家。

野田が若いころ、
私も一度だけ会ったことがある。
だが、具体的な印象は残っていない。

人つきあいが苦手、あるいは、
人つきあいが嫌いな男。
そんな印象はあった。

深くはつき合いにくい男だった。
野田という人間全体をよく知る人は
たぶん存在しないのではないか。

大勢で食事をする。飲み会をやる。
それが好きでないのだ。
皆からひとりだけ別れて
居酒屋でひとりで飲んで、帰って寝る。
そんなタイプ。

お金持ちではない。
目立って人に存在感を示すタイプでもない。

「選挙に興味がある」ともらしたら、
先輩が助言した。

「とにかく人の目を引け。
カネもなく、演技もできないのなら、
サル回しでもやれ」

サル回しなどとてもできない野田は
街頭演説するほかない。
そう決意したのが選挙運動のスタート。

政治家になってからも、自分から
べらべらしゃべることはしない。
しゃべらなくてはならないときでも、
必要最小限のことしかいわない。

最近の円高危機でも、いうことはただ一つ。
「一方的な円高の動きを注視し、
必要なあらゆる措置を検討する」

その繰り返しであった。

おそらく
財務官僚の用意したセリフから
一歩も踏みはずさないのだ。

今回の民主党代表選挙で、
まっさきに手をあげて立候補の意思を
示した。

そして敗戦記念日の8月15日、
野田は記者会見で、
注目すべき見解を示した。

「A級戦犯は戦争犯罪人でない」

野田の過去の発言を
ある記者が取りあげ、
「その見解にいまも変化はないか」
と問うた。野田は「変えていない」と認めたのだ。

中国、韓国などで、すぐ反発がでた。

その解釈を強く主張するのが
京都産業大学教授の所功氏。
野田が松下政経塾に学んでいたころ、
所の講義を受けたことがある、と聞く。
その影響だろうと推測する。

ただし、野田が進んで記者会見でそれを
いうはずがない。
とにかく「口の重い」人物だからだ。

最初に立候補の
手をあげた野田をつぶすために、
だれかが野田の古い発言を意図的に
流したのかもしれない。

「一種の陰謀だ」
とささやく人もいる。

所の主張は法律論を積み重ねた
結論である。
だが、政治は別の次元で動く。

中国が反発し、野田が見解を変えなければ
日中は「衝突コース」をたどる。

尖閣諸島の日中衝突をめぐる前原の対応を、
考えねばなるまい。
日本の船に衝突した中国漁船
に対して、「日本の国内法を適用するのみ」と、
いい続け、船長を逮捕した前原。

最終的に国内法を厳格に適用しきれず、
あいまいな法解釈で船長を釈放した。
法律論だけでは政治は動かない典型例である。

野田内閣の全員は、
A級戦犯もまつる「靖国神社には
参拝しない」と公言している。
政治の次元での外交を意識した判断だ。

野田だけでなく、
中国からも、「政治的外交」が期待される。

画像

民主党新代表に当選直後の野田佳彦氏。「政治的外交」ができるか。テレビ映像から。
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第381回 マカオで考えた中国(81)北京からの電話

2011/08/30 07:35
1年前の2010年晩夏。

鳩山政権が倒れた直後、
北京から1本の電話を受けた。
日本に詳しい中国人だ。

「次の首相は?」
「菅直人副総理でしょう」

そのあとの相手の言葉を忘れない。

「原口一博さんはどうでしょう。
小沢さんから可愛がられていますね」

なるほど、中国は小沢さんを
大切にしているな、と直感した。

民主党が政権奪取に成功した年末、
500人以上の代表団を引き連れて
小沢は北京を訪問した。

胡錦涛・総書記みずから人民大会堂で
一行を歓迎し、ひとりひとり握手した。

実はこのとき、私にも代表団に加わるよう
誘いがあった。事情あって私は辞退した。

原口氏はどうかとたずねる北京からの電話に
私は「小沢さんに近いほど不利なんです」
と答えようとして、
言葉をのんだ。

いろんな話をしてから、
「菅副総理の昇格でほぼ決まりです」と
繰り返して、電話を終わった。

小沢派との距離。
それはポスト管の代表選挙でも
重要なポイントだった。

鳩山派に属して、基盤の弱い海江田候補は、
ほかに選択の道がなく、小沢派からの
支持におどりあがって喜んだ。

海江田も政治とカネの問題の毒性を、
知らないはずがない。
でも目先の票集めのために、
政治とカネの毒を
ノドの奥深くしまい込んだ。

「小沢派に近いほど有利」と数を期待した。

大いなる誤算だった。

世の中の空気は、
そして民主党の中の大勢の空気も、
「小沢派に近いほど不利」だったのだ。

海江田が考える以上に、
まだ毒は有効だった。

画像

決選投票で敗れた海江田氏(中央)が勝った野田氏と握手。右は前原氏。新聞報道から。
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第380回 マカオで考えた中国 (80)小沢復権に期待した

2011/08/30 06:31
民主党の代表選挙を控えて、
中国のある「日本ウオッチャー」と
対話する機会があった。

明らかに中国は、海江田を好んだ。
というよりは、小沢の復権を期待した
ようだ。

中国は日中国交回復を実現した
田中角栄を好み、
その理念を引き継ぐ小沢に親近感を
抱き続ける。

「震災の復旧・復興には、小沢さんのような
力が必要ではないか」

小沢ファンと同じような言葉を
かれは口にした。

民主党が政権交代をはたした年、
小沢は500人以上の代表団を
つれて中国を訪問した。
北京の人民大会場で一行を迎えた
胡錦涛総書記は
ひとりひとりと握手した。

あの異様な場面を記憶する
日本人は多いはずだ。

民主党代表選は「親小沢」と「反小沢」
の戦いだ、と日本のメディアは繰り返した。

私は8月28日のTBS系テレビ
「サンデーモーニング」で、
こんな意味のことを発言した。

「反小沢」の中身に、
政治とカネの問題がある。

カネまみれの政治に、
国民はうんざりしている。
小沢の復権はカネまみれの政治の再来か、
と、多くの国民は心配している。

その気持に乗って、菅直人は「小沢排除」に
踏み切った。その空気はまだ続いている、と。

第1回目の投票で、海江田は143票で1位になったが、
小沢・鳩山派の数からあまり増えず、私は
思ったより票がのびない、と感じた。

基礎票の30前後と、
頼りない野田が確保した数は
一挙に102になった。
会場に「おー」っと驚嘆の声が流れた。

決選投票で野田の票は、
さらに113票ものばして215票となり、
過半数を越えた。海江田票は177票で、
のびはわずか34票にとどまった。

「中小企業のオヤジたちから
1万円ずつ寄付してもらった」

演説のうまい野田は、自分がカネにきれいだ、
と訴えたのだ。
代表選挙の核心に、
政治とカネの問題がひそんでいた。

そこを見のがせない。

長期の共産党政権のもと、
中国の政界でも
カネまみれの汚職が絶えない。

政治とカネをめぐる感覚では、
中国は日本よりもはるかにずぶとい。

でも巨額の汚職に不満をつのらせる
国民世論を、中国の政府当局も
無視できなくなってきた。

汚職に対する罰則は
ますます厳しくなり、
中国でも政治とカネの環境は変わりつつある。

画像

中国が復権を期待した小沢氏。影響力は薄れる一方か。テレビ映像から。
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379回 マカオで考えた中国(79)「マユミなら知っている」

2011/08/29 15:39
俳優の竹脇無我さんが亡くなったら、
中国のメディアがすぐ取りあげた。

いまでは、日本人でも知らない
俳優だというのに。

竹脇さんの死去は2011年8月21日。
死因は小脳出血、享年67歳。まだ若い。

中国の解放網は
「『姿三四郎』が死去した」と伝えた。

実は、上海テレビは1981年に竹脇さん主演の
ドラマ「姿三四郎」を放送した。
これは中国で初めて放送された
外国の連続テレビドラマだ。

1981年といえば改革開放への転換直後で、
白黒テレビを持つ家庭も多くはなかった。
そんな時代に日本の男優が中国で
人びとの心をつかんでいたのだ。

端正な甘いマスクの竹脇さんは
中国で元祖アイドルともいえる存在で、
中国の視聴者に「日本の武士道」のイメージを
植えつけたともいわれる。

解放網は、
「姿三四郎」の中国語版の制作担当者の
言葉を紹介している。

「豪華な場面設定や美しい女優も見えず、
また波瀾万丈のストーリーでもない。
だから人気はでまいと思っていた」
「しかし、夜7時に演歌調の主題歌が流れ始めると、
町中の人が減った」

東方早報は「ドラマが始まると街中から
泥棒さえもいなくなった」と、やや大げさに伝えた。

竹脇さんの「声」を担当した
晨光(チェン・グアン)さんも
一夜で大スターとなり、
たくさんのファンレターが届いた。

晨さんによれば、竹脇さんは
「中国女性が夢中になる典型的男性」
だそうだ。

こんな分析もある。
「若者は自分の生きる道を探るべきだ」
「三四郎が和尚からいわれた『悟りは常に脚下にあるぞ』
のセリフ」
「人生は自分の努力によって切り開け」

これらが改革開放のスタート時期に
若者に訴えたのだ。

実は、映画は日本人が考える以上に、
中国人に影響を与える。

高倉健主演の『黄色いハンカチ』が中国でヒットし、
舞台となった北海道に中国人の関心が集まった。
中国人が北海道の不動産を欲しがり、買っている。
その背景に『黄色いハンカチ』がある、
という人もいる。

2011年7月、北京で、
女優、中野良子について、
私が知日派の中国人に話題にした。
「知らない」と彼はいった。

私が「『映画『君よ憤怒の河を渉れ』で
マユミの名前で演じていた女性だよ」といったら、
「それならわかる」と答えた。

中野良子は知らないけど、
マユミなら知っている!!

映画による
文化交流の威力である。

予断だが、かつて中野良子はわたしに話した。
「本を出すなら中国で出しなさい。
人口が多いから、
ちょっと売れれば数千万部ですよ」

その彼女が中国で著書を出したことを
知った。
タイトルは『真由美的世界』(中国青年出版社)、
つまり「マユミの世界」である。

たぶん多くの中野ファンが
買い求めたことだろう。

「日本にとって中国はとても
大事な隣国だと思うけど、多くの日本人が
中国を嫌っている。どうすればよいか」

そう知日派のかれは聞いてきた。
私は答えた。

「有力な方法のひとつが文化交流。
映画、音楽、舞踊、その他。
こうした分野の活動は簡単に
国境を超えてファンを獲得し、
影響しあうと信じます」
画像

映画「君よ憤怒の河を渉れ」のサウンドトラックの表紙から。中央が高倉健、左端が中野良子。
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第378回  マカオで考えた中国 (78)尖閣・日本外交の大混乱

2011/08/25 09:22
菅直人政権は東日本大震災への
対応がまずい、
ということで、多くの国民の支持を失った。

大災害への対応で100点満点
をとることは
まず不可能である。

ブッシュ、オバマの米大統領たちも
大きなハリケーン対策で、四苦八苦し、
支持率を下げた。

だからといって、管政権の災害対応を
是認するわけではないが、
それよりも外交の失速はより深刻である。

なかでも尖閣諸島問題をめぐる
日中関係の処理では、大混乱であった。

尖閣事件の発生は、ほぼ1年前で、
民主党の代表選挙の時期と
重なったことが不幸ではあった。
民主党の政治家たちは
代表選挙で頭がいっぱいで
あったに違いない。

とはいえ、外交を混乱させて
いいわけではない。国益に直結するからだ。

事件発生は2010年9月8日。前原は
鳩山政権の国交相として海上保安庁を指揮し、
中国漁船の船長を逮捕させた。

18日、菅政権が発足、前原は外相に就任した。
船長が釈放された24日、前原は外相であった。

さらに29日、小沢一郎に近い細野豪志
衆議院議員(現、原発事故担当相)が訪中した。

訪中した細野の身分はいまでも
はっきりしない。
政府の特使、密使、いや個人的資格、
などなど、あいまいのままだ。

細野本人は「個人的な訪中」として、
詳細について口を結んでいる。
この重要な時期に
「個人的な訪中」であろうはずがない。

仙谷官房長官(当時)の指示によったとか、
小沢一郎の意向を受けて、とかささやかれたが、
真相はわからない。関係者はわざとあいまいに
しているのかもしれない。

中国側は細野議員を空港に出迎え、中国側が
用意した車で迎賓館へ向かった。
そのまま外交の最高担当者、戴へい国・国務委員
が細野との会談にのぞんでいる。

中国側が細野訪中を重視したことは
間違いない。

中国船長逮捕に対抗するかのように、
中国側に拘束されていた
フジタ社員の一部が
細野訪中の直後、解放された。

が、細野の訪中は
北京の日本大使館には知らされていなかった。
「外務省全体がカヤの外だった」という人もいる。

「二元外交!!」

との批判が出たのは、当然であった。
では、外相だった前原は知らなかったのかどうか。
前原と親しい仙谷から
ひそかに知らされていなかったのか。

細野は実は10月にも訪中している。

10月の訪中は当時、国内ではほとんど
報道されていないが、細野は北京駐在の
丹羽大使に会い、9月の外務省には知らせずに行った
訪中について「謝罪」したと聞いている。

日本外交の右往左往の間、
国交大臣そして外相として、
前原は一貫して、枢要のポストにいた。

そして全体として、
菅政権の間の最大の外交混乱として
記録される。

前原はそれを教訓にできるのか、
過去の延長上で外交を考えているのか。

政策は情勢によって変化する。それは
自然である。
政治家の考えも変わって不思議でない。

はたして前原の場合はどうなのか。

画像

前原が学んだ松下政経塾に掲載された出身政治家たち。23年4月発行の政経研究所パンフレットから。最上位に逢沢一郎衆議院議員、次いで野田佳彦財務大臣、1人おいて順に松沢成文・前神奈川県知事、高市早苗衆議院議員、玄葉光一郎国家戦略担当相、前原誠司衆議院議員。前原のメッセージは「この国を何とかしたい。その思いだけで行動したい」とある。(クリックすると拡大されます)
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第377回 マカオで考えた中国 (77) ネコが映す中国社会の変化

2011/08/19 21:00
中国滞在中、ネコを食べたという
中国で暮らす日本人ふたりに出あった。

調理方法、食べ方、味なども聞いたが、
「美味」の感想はなかった。

広東省で中国人が「この野良ネコを食べよう」と
相談している場面に遭遇した。
可哀想だと思い、お金を払って、
そのネコを引き取り、
10年以上も北京で飼い続けた。
そういう日本人もいた。

ハクビシンという動物がいる。
ジャコウネコ科に属するというから
ネコに近いのだろうが、
「これはうまい」
という人が中国人でも日本人でもいた。

残念なことに、伝染病サーズの
感染源と疑われて、食い倒れの広東省でも
ハクビシンの食用は禁止された。

感染源は別だという説もあったが、
ハクビシンは風評被害にあって
まだ「名誉回復」されていない。

かつてネコは、代表的な広東料理の珍味の素材だった。
「龍虎斗」(龍と虎のたたかい)という名の
煮込みである。

もともとは文字通リ龍と虎を使ったが、
どちらも簡単には手に入らなくなり、
龍にはヘビ、虎にはネコで代用するようになった、
とも聞いた。

ネコに関連して
忘れられないエピソードがある。

四川省・成都に滞在中、中国側の
ある人物が宴席であいさつした。
中国人の通訳が日本語に直した。
その中に
「ネコの手も借りたいほど忙しい」
というのがあった。

ネコの手はとても小さい。手伝って
もらっても役にはたつまい。その手さえ
借りたいほど忙しい。そんな意味だろう。

日本人もひんぱんに使うが、
中国人も「ネコの手」というのか。

通訳に聞くと、ネコという単語は使ってなく、
「大忙し」という意味の中国語を
日本語に訳したという。
日本留学の経験のある通訳氏は
日本語のことわざをたくさん覚えた。

通訳の途中で、日本語のことわざが
さっと出てくると、実にわかりやすい。

「大忙し」の中国語がどうであったかは、
聞かなかった。

中国に詳しいE・Maedaさんは
もとの中国語は
たぶん「忙得四脚朝天」でしょう、という。

「あまりに忙しくてひっくり返り、
4本の足が空へ向いてしまう」

直訳はそうなるようだ。

4本の足、だから、
やはり動物と関係あるのか。

ちなみに「猫の手も借りたい」「猫の恩返し」
「猫に小判」など直訳しても、
中国の人にはチンプンカンプン。

ネコを食べる中国人は
間違いなくいるし、うまいと思うから
食べるのだろう。

同時に、ペットとしてネコを飼う中国人も
急速に増えている。

子どもたち向けには、
ネコを主人公とした
絵本も人気を集めている。

ネコの地位は大揺れ状態だが、それは
中国社会の変化を間違いなく示している。

画像

中国の童話本の表紙。タイトルは「迷子のネコ、ミミルの冒険」。2011年6月、上海で出版。50枚以上の絵に中国語、英語、フランス語の3か国語で説明がつけられている。E・Maedaさんが入手して送ってくれた。
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第376回 マカオで考えた中国(76)「食」で議論の花が咲く

2011/08/16 18:12
マカオではイヌもネコも
食べない。禁止されているからだ。

どうしてもイヌを食べたいと
「食にこだわるマカオ人」は
広東省まで食べに行くらしい。

マカオではペット愛好心が強く、
イヌ専用のトイレが街中のあちこちにある。

日本にはイヌ専用トイレなど
聞いたことがない。清潔感の差がわかる。
かつての支配国、ポルトガルの
やり方を継承しているのかもしれない。

中国で日本人と中国人の混合で旅していて、
玉村豊男さんの名著『食卓は学校である』
のタイトルをしばしば思い出した。

食事をしていると、学ぶことが多々ある。

すべての同行者の興味を集めるのは
間違いなく、政治や経済よりも、食である。
日本と中国では、
食の好みに共通点もあるが、
違いもあるからだ。

宴席でも移動の途中でも、口に
モノを入れているときに、話題が沸騰する。
中国は「食」の国である。

広東省の人たちは、
食について、とてもどん欲、
つまり何でも食べたがる、
との主張を聞いた。

かつて、日本のテレビ放送の「奇食」特集が、
広東省・広州の市場で、イヌ、ネコ、
ウサギ、ネズミ、などまで、食用として
売られている場面を放映した。

たぶん同じ市場で、ネコを目撃した中国在住の日本女性が
「これも食用か」と聞こうとした。
でも「もちろん」の答えを恐れて、
ついに聞けなかった、とか。

サルの脳みそを食べているところを
目撃したとの中国在住の日本人もいる。
「ヒーヒーと鳴き声が聞こえた」というけれど、
本当だろうか。

彼は自分でもメガネヘビを食べた。
「メガネヘビは毒性があるからこそ、
ヘビの中で一番うまい」
のだそうだ。

イヌについては、
誰でも一言ある。
イヌを美味しいという日本人もかなり多い。

もちろんペットとしてイヌを飼う人もいるが、
「食用イヌは別だ」といって、
平然としている。

養豚なみに養犬業者もいる。

ただ食べる側も「料理にされる前に、
そのイヌの顔を
見ると食欲が減退する」
とも聞いた。

イヌの肉は冬期に食べると身体が温まる
という人が多いが、
朝鮮半島では夏に食べて疲労回復
をはかる習慣もあるそうだ。

日本人がウナギで夏バテを防ぐのに似ている。

なんでもイヌの肉をグツグツ煮て、
骨と肉をばらばらにする。
肉の部分だけを取り出して、オケに入れる。

農民は農作業中、それを田畑のあぜ道などに
持ち込んで、
塩だけをつけて食べるのだそうだ。

煮汁がとくに重要で、ご飯を入れてクッパに使うのは
これが正統派ともいう。

北朝鮮の平壌で、
イヌの肉を骨つきカルビ風に
焼いたものを食べたら、とても美味だったと、
舌なめずりする人にも出会った。

日本には中国系の人も、朝鮮半島からの人も
居住しているから、当然、イヌ肉の需要はある。

大阪では輸入のイヌ肉があり、
東京・新大久保や青森県でもイヌ肉を
供する店があるとの、話も出た。

多くの日本人から見ると、いかにも
「珍食」だが、それらを食べてきた
人たちには「伝統食」であって、違和感はない。

「奇病」といういい方が一方的な呼び方で
あるのと似ている。糖尿病は低開発国ではあまり
見られず、先進国に多い「奇病」と思われてる。

画像

マカオの路地裏にあるイヌ専用トイレの標識。E・前田さんが2007年元旦に撮影してメール送信してくれた。イヌをペットとして一緒に散歩する住人が多いことがわかる。したがって食用は禁止とか。
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第375回 日本人の「悪平等主義」 

2011/08/07 15:46
8月7日、TBSテレビの「サンデーモーニング」
で私がした発言に抗議がきた。

「放射能から逃げる話はしないで欲しい。
逃げられない人もいるのだから」

以前にも同じ趣旨のクレームがきた。

私は原発関係の損害賠償について
発言していた。

当面の賠償方針では、
「政府による避難命令に応じて避難した者には
避難に要した費用を賠償する」
とある。

私はそれでは不十分と感じた。

政府による避難命令区域の外の住民でも、
「大事をとって」「子どもの将来を考えて」
避難した者はいる。

東京から西へ逃げる人が多く、
一時は香港のホテルは日本人でいっぱいだった、
と聞く。

東京の大学へ進もうと思ったが、
放射能汚染を恐れて
関西の大学に切り替えた学生もいる。

こうした人たちは、原発事故に
よって多額の出費を強いられたはずで、
それには賠償しないのは、公正ではない。
私はそう感じた。

「政府が避難しろともいわないのに」
「勝手に逃げたくせに」

といった理由で、切り捨ててよいのか。

もちろん避難できる人とできない人が
いるのは、承知している。

といって「避難できない人もいるから」
との理由で、すべての人の避難を
止めさせてよいのか。そんな動きに
触れてもいけないのか。

「逃げる話はしないで欲しい」
との抗議が、そこから発せられるのは
なぜなのか。

「悪平等主義」という言葉がある。

すべてが平等であるべし,との考えだ。
かつて学校の運動会で、生徒に順位をつけることに
反対する母親がいた。

いまでも順位をつけない学校が
あるそうだ。途中で差がつくが、
みんなが手をつないでゴールイン
する例もある。
私の常識ではバカバカしいというほかない。

<スタートでは平等。結果で差がつく>。

それは自由な人間社会では
あたりまえのことだ。

いうまでもなく、
放射能汚染を心配する人が、みな同じ条件を
持つわけではない。経済的にも、健康的にも、
また人間関係の上でも。

みな同じ行動をとるべきで、
それぞれの事情に応じて、
異なる安全対策を講じるのは、
いけないのか。

いけないとの考え方を、
私はどうしても理解できないでいる。
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第374回  マカオで考えた中国 (75) 言論指導に過ちはないか

2011/08/05 15:09
数年前、北京でマスコミ対策の責任者と
議論したことがある。

彼は日本の言論状況を批判した。

「日本のメディアは間違っても訂正しない。
政府に抗議しても
<われわれは民間の言論活動に干渉できない>
の一本やりだった。
どうすればよいのか」

そして彼はとどめを刺すかのようにいった。

「言論の自由の弊害ではないのか」

たしかに日本のメディア情報も
玉石混交、真実もウソもある。
真実の追求を意図的に手控えることもある。
原発事故をめぐる報道では、それが目立った。

その中で判断するのは、受け手の自由、
となる。

むずかしい作業ではある。

「それに比べて、中国の言論政策は
共産党の中央宣伝部が一元的に
立案し、実施している」

「マスコミが誤った報道をすると
すぐに注意して訂正させる。
日本の場合とどちらが好ましいか」

言論の自由にたっぷり浸かって
生きてきた私には、
基本的に違和感のある
発言だった。

あえて、私は問うた。

「中国の共産党はつねに正しく、
過ちを犯すことはない、ということを
前提にした主張ですね。
本当にそう思いますか」

そこから彼は延々と説明してくれたが、
私の疑問には正面から答えては
くれなかったように思う。

私はいまでも共産党の方針が
「神のように正しい」
とは信じない。

ただ、
「大きな言論の自由を
ただちにに認めたら、
中国社会は大混乱に陥る」
との中国側の心配も理解できる。

とまどう言論政策にも
静かに変化の兆しが見えている。
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第373回 マカオで考えた中国 (74)共産党政権は第3の新段階に

2011/07/29 17:04
中国に共産党が生まれて90年。
その共産党が政権をとってから
62年。

いまも事実上の独裁のままだ。

「独裁支配の正統性」をどこに求めるか。
それがつねに基本的な大問題であった。

政権をとった1949年の時点で、
正統性の根拠は明らかであった。

日本軍を撃破して、
中華人民共和国の独立をなしとげた。

それは多くの国民を納得させる
正統性の根拠であった。

1998年に来日した江沢民・国家主席
は日本に強い敵意を示す言動をとった。
そのことは多くの日本人の記憶に
残っているはずだ。

「愛国」「反日」の言動は、
中国国民を喜ばせる魔力を持っていた。
国民を結集させる求心力ともなった。

「愛国無罪」のスローガンのもと、
乱暴な反日行動にでるのは、やはりおかしい。

わたしがそのように中国の当局者に
不満をのべたら、答えはこうであった。

「国を愛する行動がすべてを許すとは思わない。
でも現代史をすなおに学べば
日本への反感が生まれるのは自然でしょう」

それが第1ステージである。

やがて日中の交流が深まる。
政治優先から、中国が経済成長にも
重点を置くようになった。
第2ステージの始まりだ。

驚異的な経済成長は、国民にも
「さすが共産党政権!」と感嘆させる
魔力を秘めていた。

そしていま、中国はGDP(国民総生産)で
日本を抜いて世界第2位に浮上した。

同時に急速な成長による
ひずみと格差が深刻になってきた。

「成長しても生活は豊かにならない」
と不満を公言する国民も少なくない。

「公権力の乱用」も目立って、地方では
抗議のデモや暴動が絶えない。

そこから新しい試みが始まる。

「国民に支持される共産党政権」
「国民の願いを汲み上げる共産党政権」

それをいかに実現するかが、
緊急の課題になってきた。

いかにして国民に支持される
共産党政権に生まれ変わるか、むずかしいが、
ついにその方向に動き始めたかと、
感慨をおぼえる。

新しい第3ステージの幕開けである。

そんな変化を背景として、
ネット空間における国民の声に
共産党政権が過敏になってきた。

当然の転換である。

画像

中国共産党の第一回全国代表大会が開かれた上海のこじんまりした会場。2003年11月、撮影。正面の壁の横長の掲示板には「中国共産党第一次全国代表大会会場」。また「全国重点保存物に指定した」むね、1961年3月4日付けで国務院が公布、とも記されている。
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第372回 マカオで考えた中国 (73)キーワードは「スピード」

2011/07/29 09:27
現在の中国を理解するキーワードは
「スピード」である。

首都の北京を数か月ぶりに訪れると、
街の一角の驚くべき変化を実感する。

さる7月上旬、北京のほか、
パンダとマーボ豆腐で日本人にも馴染み深い
四川省に滞在した。

3年前、死者・行方不明9万人の大地震を経験した。
東日本大震災の数倍の被災者数だ。

ここでまず、スピードの威力を実感させられる。

復旧・復興が不可能なほど壊滅した北川県は、
全体を別の地域に移転し、
まったく新しい街に生まれ変わった。

 住民16万人のバラバラの意向を調整し、
新しい土地を収用し、移転決行の最終決定までに
要したのは、わずか半年。

土地収用のむずかしい
日本では考えられないスピードだ。

「3年以内に移転を完了せよ」と
中央政府は指示したが、
2年余りで達成できた。

 他の省や中央政府からの支援が
効果的だったとはいえ、
東日本大震災のもたつく復興ぶりに比べて、
驚くべきことだ。

いったん決定したら有無をいわさずに
突き進む。
そんな中央政府の強権体制の成果
ともいえるか。

世界を震撼させたリーマン金融危機から、
真っ先に立ち直ったのも中国であった。
それが世界経済を破滅から救った。

「集中した権力」と「豊かな財力」を備える中国。

その両方を欠いている日本は、
正反対の状況にある。
それがスピードの差に現われる。

スピードには、つねにリスクもともなう。

スピード至上主義の修正
は不可避と思われる。

画像

壊滅した旧北川県の町は放棄され、地震発生の日時を刻んだ慰霊碑が建てられた。付近のホテル、銀行、校舎なども崩壊したままで、視察者が教訓を得るべく注意深く歩いてまわる。2011年7月、撮影。
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第371回 陽のあたらない英雄たち

2011/07/25 17:19
女子サッカーの世界制覇で
どうしても書き記しておきたいことがある。

2011年7月24日のTBSテレビ
「サンデーモーニング」に出ていて、
話そうと思ったが、
時間がなくなって、
発言を封じられた。

アメリカとの決勝戦で、
流れを日本へ向けた決定的瞬間は、
PK戦でアメリカの1番手のシュートを
止めたときだ。

日本のゴールキーパーは、
いまは有名になった海堀あゆみ(24)。

自分の左方向へ思い切り飛んで
ボールを阻止しようとしたが、
身体が飛びすぎた。

残した右足の先端で
かろうじて止めた。

焦り始めたアメリカの2番手は、
低い狙いを避けた。
でもボールははるか上方へ飛び去った。
信じられないミスだ。

海堀の右足がアメリカの心理を揺るがせた。

海堀は決勝戦のMVP(最優秀選手)に輝いた。
なぜかドラ声の彼女の素晴らしさは
繰り返し語られた。

話は、でも、ここからだ。

GKの控えは山郷のぞみ(36)と福元美穂(27)のふたり。
ふたりは海堀やアメリカの選手たちの
過去の動きを記録したDVDを、
海堀に見せてアドバイスや注意を
与えていた。

このふたりの支えを無視して
海堀の栄光はなかったといってよい。

海堀もそれがわかっているから、
こう語っている。

「山郷と福元を加えた3人で戦った
つもり。3人でゴールを守ったのです」

3人でゴールを守った、とは、いい言葉だ。

マスコミの光は、
海堀にだけあたっている。
とても不公平である。

輝いている部分だけ見ていると、
全体の状況判断をあやまる。

「輝くものを追って、人は氷ばかりつかむ」
とは、中島みゆきの名曲「地上の星」の一節。

見えないところにも、英雄は存在している。
陰の部分にも目を向けたい。

山郷のぞみと福元美穂。

ふたりの名前を、私は忘れたくない。

画像

海堀あゆみがアメリカのPK1番手のシュートを足で止めた瞬間。この快挙の陰に英雄たちがいた。NHKテレビの映像から。
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第370回 マカオで考えた中国 (72)「質を求める」時代へ

2011/07/20 16:22
中国・四川省で滞在したホテルの
まわりを散歩していて、裏側の従業員の
出入り口の掲示に目を引き寄せられた。

「質量求生存」

質量は「品質」の意味。
品質で生きる。品質は命。そんな意味だろうか。

安い、でも質が悪い。
とのレッテルを長く張られた中国製品だが、ようやく
質を求めるようになったのだ。

ホテルの従業員向けだから、良質のサービスを
心がけよ、の意味も含まれるのだろう。

そういえば日本も似た時代を通過した。
日本製品につきまとった言葉がある。

「安かろう、悪かろう」

そんな屈辱的な評価を世界各地で受け続けた
のを忘れない。やがて「日本製」は
良質の代名詞になって定着した。

いま中国の、とくに富裕層は
質を求める。
日本に来て買い物をする彼らが
期待するのは、「良質という安心感」だろう。

中国の女性たちの間で日本の化粧品は
圧倒的な人気がある。たとえば「資生堂」の
名前は、神がかりの輝きを放つようだ。

中国の知人へのお土産に、日本製の化粧品を
持参したら、こちらがびっくりするほど
喜んでくれた。

「中国製品は世界中に出まわっているが、
粗悪品と同義語にされるのが残念。
そろそろ品質向上の努力をすべきだ」

そんなの意見が、5か年計画の立案過程で、
よく出されるそうだ。

質への願望はまた、ブランド志向にも通じる。

有田哲文のレポートによれば、
中国企業はヨーロッパの伝統ある自動車
「ボルボ」を買収した。
高級車「サーブ」にも中国企業は
支援の手を差しのべる。

フランスの有名なリゾート会社「クラブ・メッツ」にも
中国企業が出資している。

名車「ジャガー」がインドのタタ自動車に
買収されたように、経営難のブランド企業が
中国に救われるという面もある。

中国側にすれば、まず、
外国の有名ブランドと提携して、
中国製品の良質イメージとブランド
を高める。

次いで中国がみずから開発したブランドを
世界に確立しようとするに違いない。

純粋な中国ブランドで世界の信用を集める時が
いつ到来するか。

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四川省・綿陽市のホテルのまわりを散歩していて、裏側の従業員の出入り口で発見した掲示。「品質は命、信用はビジネスのカギ」といった意味になる。2011年7月、撮影。
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第369回 マカオで考えた中国 (71)政権移行期、不安か否か

2011/07/15 11:04
7月上旬から中旬にかけて
中国の北京と四川省に滞在した。

その間、日本国内での中国関係ニュースで
最大のものは、江沢民・前国家主席の
死亡説だった。

なにしろサンケイ新聞は「死亡」と断定して
号外まで出したほどだ。

そのころ北京の情報筋は
私に「江沢民はまだ生きている。確認とれた」と
ささやいた。それから間もなく
国営・新華社通信が「死亡情報はデマだ」と
否定した。

死亡説の根源は香港情報。
ある人物は私に
「香港情報は早いのが特徴。
ただ、ウソも少なくない」
とのべた。

「江沢民氏、病死」と最初に報じた
香港のテレビ局「亜州電視」(ATV)の
高級副総裁、梁家栄氏は2か月後、
辞任した。

誤報の責任をとったのだ。
「努力したが、誤報を止められなかった」
と残念そうに語っている。
誤報のときの情報源は「北京筋だった」
そうだ。

誤報が流れた当時、中国国内にいた
私がパソコンで「江沢民」を検索しても
応答がなかった。中国当局が
神経質になっていることがわかる。

それにしても、江沢民「死亡」と
号外まで出したサンケイ新聞が
訂正したとの話を聞かない。
どうしたことか。

今年は中国共産党の創立90周年。

先の重要会合を欠席した江沢民の病状が
すぐれないことは、
誰もが知っている。

死去は時間の問題で、
すでに折り込みずみだから、
その政治的影響は「小」であって
「大」にはなりにくいと、私は思う。

日本国内の反応は過大だという
印象をわたしは持つ。

それにしても、2012年のトップ交代を前に、
中国に何か起こるのか、起こらないのか、
張りつめた北京の空気を
私が感知したのも事実だ。

悲観論と楽観論がある。

悲観論は、新しい大がかりのスキャンダルの
浮上の可能性だ。

すでに「一部の関係者は逮捕されている」とも
聞く。
あとは「政界中央に及ぶかどうかの問題だ」
というのだが、真偽は不明。


楽観論はこうだ。
胡錦涛・共産党政権は愚かではないから、
いま抱える多くの問題をうまく処理して、来年
の習近平・政権へ移行できるだろう、
という見方。

いまの段階で,私にはどちらとも
判断できかねる。

画像

北京市内の書店では、共産党創立90周年に関係する本の特別コーナーが設けられている。さる7月11日撮影。
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第368回 マカオで考えた中国 (70)ネコは食べないのか?

2011/06/22 10:25
マカオの食事では、ハト料理の美味を
忘れない。

ポルトガル統治時代の20世紀初頭に
オープンしたという伝統ある店。つまり
誰に聞いてもすぐ教えてくれるほど
有名なレストランだった。

二晩続けてそこへ通った。

それを思い出していたところに
メールがとどいた。

「マカオの雑貨店のネコです」

知人のEri・前田さんから
下のような写真が送れらてきた。

店頭のレジの上に鎮座して
あたりをにらんでいるネコ。

多くの日本人は
「中国人は何でも食べる」と
よく話題にする。
「飛んでいるものは飛行機を除くすべて、
四つ足のものは机を除くすべて」

だれが言いだしたかわからないが、
よく耳にすることだ。

では、このマカオのネコも食用なのか、どうか。

イヌは中国でも朝鮮半島でも
食される。
「冬は身体が暖まってよろしい」
と現地で聞かされたことがある。

中国で野犬はいないという。必ず持ち主が
いて、やがて食用にする、とも聞いた。
野犬だと思ってうっかり捕らえてくると、
泥棒になる。

イヌの肉を食べさせる店はよく見かける。
看板に「狗肉」の文字を掲げている。

日本でもイヌの肉を食べさせる店は
少ないけれども、ある。正確にいえば、
青森県内に数年前にはあった。

日本ではイヌとネコを同時に話題にする。
たいていはペットとしてだ。
イヌを食べる中国人は、ネコも食べるのか。

幾人かの中国人に聞いてみた。
「ネコは食べないよ」
「昔は食べたそうだがね」
「いまでも食べる人はいるかもしれない」
「ネコだけでなく、動物をペットに飼う人は増えている」

中国ではすべてが過度期にある。
生活習慣の変化がめざましいから、
ネコへの思いも人さまざま、ということか。

歴史を見れば食事が単調だったころ、
そして食糧が手に入りにくかったころ、
人間はいろんなものを食べて
生きのびてきた。

戦争中のことでは、耳にしたくないような
悲惨な物語りもある。

旧満州で敗戦を迎え、大混乱のなか、
命からがら生きて帰国した人の話は
聞くに耐えない。

たとえばそんな体験をした
科学者の遠藤誉さん。
最近、彼女の口から直接聞いた。

「逃げる途中、野宿をした。朝、目覚めたら
並べられた餓死者の遺体の上に寝ていた。
<人肉市場>という言葉も耳にした。
自分は実際には目撃しなかったが」

写真家の天才アーラキーは、
夫人を亡くしたのち、20年以上も
ネコと暮らした。

ネコが亡くなる直前の表情も、写真に残した。

いい表情、というほかない。

「世話になったな。おかげでいい生涯を
送れたよ。ありがとニャン」

そんな気持を読み取りたくなる。

イヌは良き記憶に生きる。ネコは恨みを
抱いて生きる。そういう説もある。

ネコに感謝されるとすれば、よほど
愛情を注いだ結果だろう。天才アラーキーには
ネコを食べる発想は皆無だったはずだ。

画像

マカオの雑貨店のネコ。レジ器の上に乗って見張り役か。めずらしい瞬間。
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第367回 マカオで考えた中国 (69) 労務管理を中国人にまかせる

2011/06/13 15:58
中国の労使関係の変化について、
日本の経営者たちも
早くから注目していた。

労働契約法の施行の前年の
2007年9月12日。

日本経団連は東京で総会を開き、
席上、「中国における人材マネージメント」
について、講演を聞いている。

講師は、日立製作所の人材戦略室担当の
飯塚毅人部長。

経団連の機関紙「経団連タイムズ」
によれば、講演の内容は
次のようである。

「中国の労働政策は、労働者の権利を守り、
労使関係を協調的にし、
労働問題をそれぞれの企業内で解決させる方向
に向かっており、
労働契約法もそれに沿っている」

「労働契約法が施行されれば、雇用コストは
上昇する。就業規則などを明文化し、
労使のコミュニケーションを緊密にすることが
重要だ」

「人材マネージメントの問題点としては、
現地スタッフに対する教育の機会を十分に
与えていないため、権限の委譲が進まない。
その結果、現地スタッフの意欲が低下し、
優秀な人材が逃げていく傾向がある」

「彼らの評価基準を明らかにし、評価の結果を
よくわかってもらう必要がある」

別の中国での労務管理の経験者によれば、
中長期的には「権限委譲がカギ」と思われる。

すぐれた中国人スタッフを育てあげ、
労務管理の一部を中国人にまかせる。
労務管理の現地化である。

日常的に従業員の願望や不満を吸収し、
突然、職場放棄などに走られて、
困惑しない準備をしておく。

職場が混乱すれば、
労使双方のマイナスなる。

労使間の意思疎通が十分であれば、
ウイン・ウインの解決を目ざすことが
できる。

とはいえ、言うは易し、でもある。

コミュニケーションが重要だが、そのスタイルの
違いが誤解を生むこともあるようだ。

一般的に、日本人は、とうよりも、
そもそも日本語にはあいまいな表現が多い。
これに対して中国人は、ストレートに
主張する。それがわかり易いともいえる。

文化の違う人たちだからこそ、
その間のさまざまな形のコミュニケーションの
意味が大きくなってくる、ともいえる。








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366回 マカオで考えた中国 (68) 外資企業への強風圧

2011/06/13 07:28
北京オリンピック(1998年)と
上海万博(2010年)。

この2大イベントは、
あらゆる意味で中国の上昇ぶりを
示した。

それが労働者の賃上げへの刺激に
なったようだ。刺激のなかには、
物価上昇も含まれる。

首都北京をはじめ上海、広州、南京
などの主要都市では、あいついで
最低賃金を引き上げた。

2010年、中国本土の省、直轄市、自治区
31か所のうち、30か所で最低賃金を
引き上げた。引き上げ率は約24%の高率だった。

賃上げの波は、中国の民間企業、国有企業
を襲っている。外資系企業だけでなく、
中国における労使関係を大きく揺るがした
ことがわかる。

2011年3月、中国政府高官は宣言した。

「第12次5か年計画(2011〜15年)の
期間中に最低賃金の基準を着々と
引き上げる」

格差をせばめ社会安定を実現することこそ、
最大・最高の国家目的である。

最低賃金の引き上げは、
その基本方針に沿うものだ。

労働者の不満が社会全体を揺るがさないように、
上から指導・誘導し、労使関係を
安定させたい意図からとも見える。

さらに注目すべき動きも伝えられる。

2011年4月、北京市当局は外資企業に
最低賃金をめぐる強力な圧力をかけ始めた。

多部田俊輔の報告によれば、
北京市内の約100社の外資企業の労働組合は
経営側と合同の交渉して、結論を出した。
内容はこうだ。

「外資企業の最低賃金は
中国企業の1・5倍以上とすべし」。

その時点での1・5倍は
「平均月額1740元」(約2万2600円)
にあたる。

これに同意したのは、たとえばピザハット、シーメンス、
ネスレ(欧州の食品企業)などが含まれる。

約100社の動きをテコにして、
北京市当局は市内の約1万4000社の外資系企業にも
同調を迫るとみられる。

これが強制力を持つものかどうかあいまいだが、
「外資企業への差別だ」との反発も聞こえる。

外資企業の認可は当局が握るだけに、
抵抗するのはむずかしい。



 
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第365回 マカオで考えた中国 (67) 日本企業の痛い経験

2011/06/11 18:15
中国の労働環境の変化を日本人が
初めて痛感した事件がある。

2010年5月に始まったホンダ
の現地企業でのストライキだ。

企業の名前は「南海本田」。
広東省にあり、従業員は2000人近い。
ホンダが全額出資した自動車部品のメーカー。

賃上げを要求して、事実上のストが
2週間も続いた。

背景はさまざまだ。

中国人の従業員は日本人従業員より賃金が安い、
と知っている。

他の日系企業の労働条件もわかっている。
とくに重要なことに、会社の「もうけ内容」も
知っている。

農村から出てきた従業員も
都会の住民と同じような生活を
求めている。

インフレ気味で生活費もきびしくなっている。

内陸部で元気な職場が現われ、沿岸都市部では
人手不足も伝えられる。

インターネットや口コミで
そうした情報はあっという間に、従業員が共有する。

最後は妥協だった。

労働者の要求には足りないが、
経営者側の当初の回答の3倍以上、
そしてスト参加者を処罰しない、
などで決着した。

むずかしいのは、日本人の経営者は
日本的なやり方にそって交渉しようとする。
これに対して、
交渉のやり方に馴れていない従業員たちは
サジ加減がわからない。

日本では労働者も会社がつぶれるほど
追いつめることはしないが、
馴れていない中国人は要求が通るまでは
どんどん過激になり、職場放棄に走る。

こうしたズレがせばまるには、
かなりの時間がかかりそうだ。

ではどうすればいいのか。
中国の企業はどうしているのか。

画像

河南省鄭州駅前で職を求めてたむろする労働者たち。希望や条件を紙に書いて、雇い主が現われるのを待っている。2010年7月撮影。
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364回 マカオで考えた中国 (66)モノを言い始めた従業員 

2011/06/11 11:23
福岡のアジア美術館で見た、
若い中国人アーティストの作品が
忘れられない。

同じ方向を向いた同じ表情の男たち。

説明を聞くと、モノを言わぬ労働者の
意味が込められているという。

たぶん最近は違う作品が生まれている
と思う。中国人労働者が強く
モノを言い始めたからだ。

「中国・プラス・ワン」という言葉がある。

中国に進出した日本企業から最近よく
聞くのだ。

かれらにとって中国の魅力とはなにか。
安い労働力と巨大なマーケット。

が、低賃金労働に魅かれて中国に出た
ものの、労働者による最近の
賃金アップ攻勢に
音をあげているのだ。

人口が多く、市場としての魅力は高いが、
賃金があがれば
それだけ収益が落ちる。

それを補うために、中国に加えて
アジアのもう一か国にも
進出するか、と考えるのだ。

ベトナムとかインドネシアなどを想定する。

1国にすべてを賭けるのは、危機管理として
不安なことだ。複数で対応するのが
危機管理の大原則ともいえる。

もっとも中国人労働者による賃上げ攻勢は、
考えてみれば当然のことだ。

労使関係についての法律がなかった。
2008年1月1日から労働契約法が
やっと施行された。

中国企業にも外国企業にも適用される。
経営者には「受難の日」との声もあったが、
労働者には「希望の日」に違いない。

労働者の基本的な権利がようやく保護される、
という意味であり、たしかに
団体交渉も認められるようになった。

ストライキの権利はあいまいだが、
不満の従業員が仕事をサボれば
ストと同じ効果を持つ。

「沈黙する労働者」から「もの言う労働者」へ。

過渡期には混乱も当然あった。

経営者は社員を簡単に首切れない。
遅配にしていた賃金や退職金を払わねば
退職させられない。

そんな資金がなく、経営の苦しかった企業主が
「夜逃げした」
などの報道もあった。
外国企業の場合は国外に逃げてしまう。

すると払うべきものを払うまでは出国を
禁止すると、裁判所が認定する道も用意された。
国外脱出をはかって空港まできたら、そこで
足止めされた。そんなケースもあった。

日本企業も大きな標的になった。
それを次ぎに書く。

画像

若い中国人アーティストによる現代絵画の一枚。「沈黙する同じ表情の中国人」がテーマとか。福岡のアジア美術館で撮影。いまはモノいう中国人が常識だが。
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第363回 マカオで考えた中国 (65)中国人好みの「和菓子」 

2011/05/31 15:43
中国に進出した吉野家が、
牛丼だけでなく、
中国人の好みにあう「激辛鳥丼」を
提供していると、先に書いた。

そして、びっくりするような「和菓子」が
中国に登場している。

首都北京の銀座通り、王府井の新東安百貨店に
日本の和菓子屋が出店している。

「九州菓子専門店」の「遠賀屋」。

店頭に並ぶのは大福、生菓子など、
ほとんどは日本国内でも
なじみ深い和菓子。

洋風ドラ焼きもある。
「和菓子屋の菓子が洋風」とは言葉の矛盾だが、
探せば日本にもありそう。

だが、「泡菜団子」となると、どうだろう。

しばしば北京を訪れるE.前田さんから
「これはやはり中国オリジナル。
キムチ風団子です」と、
写真つきで連絡を下さった。

たしかに写真で見ると、
赤々としており、唐辛子を思い出させる。

「泡菜」とは野菜の発酵漬物。
容器に野菜のほか、
唐辛子、山椒、生姜などを入れて、
発酵させる。

中国人の家庭でよくつくられる。
だから中国人には親しみやすい味
かもしれない。

泡菜団子の売れ行きは不明だが、
発売前に試作品を中国人に食べてもらい、
「結構いける」との反応を
確認してから、売り出したに違いない。

「食べるラー油」など国籍不明の
食品が日本で人気を得ており、日本人の
味覚の対中国接近を感じさせる。

少なくとも私の感覚では、和菓子に「唐辛子の風味」は
まだ似合わない。

現実には
味覚もどんどん国境を超えているのだろう。
和菓子、洋菓子、中国菓子などたがいに
入り交じっている。

日本国内のある和菓子屋では
「かすてえら」の名で、カステラを売ってる。
わざわざ平仮名にして和菓子風を強調
している。芸がこまかい。

和菓子屋がしばしば中国菓子の月餅を売っている。

私はといえば、
北京の遠賀屋に入っても、
泡菜団子を買う気には、
たぶんならない。

旅に持参する抹茶と一緒にいただくために、
伝統的な和菓子、
たぶん甘みを控えたキンツバを探す
に違いない。

画像

北京の遠賀屋のパンフレット。2段目右側に泡菜団子。その左側の銅鑼焼は竹炭入りの珍しい新製品。
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第362回 マカオで考えた中国(64) ジャスミン革命の可能性

2011/05/30 21:58
マカオでもデモは皆無でない。
が、政治目的よりも、経済目的である。

財力の豊かなマカオ当局がちょっと手当てすると、
円満に終わってしまう。

大陸ではそうはいかない。

ジャスミン革命なる民衆デモが、
中東のチュニジアと
エジプトで長期独裁政権を倒した。

中東の独裁政権と似た条件を持つ中国でも
それが起こるのか。
今春、世界の大きな注目テーマとなった。

共産党政権がそれを心配したのは
事実だろう。

2011年2月19日、北京での中央党学校。
全国から集まった党幹部を前に、
胡錦涛・総書記は演説した。
テーマは「社会管理とその革新」である。

「中国はいま社会矛盾が突出してくる時期にある」

そして、8項目の対応策をあげた。
ネット管理の強化や健全なネット世論の形成などだ。

「胡8条」と中国では呼ばれる。

中東の革命がネットによって促進された。
胡演説は明らかにジャスミン革命の中国への波及を
念頭に置いている。

間もなく決まった2011年度予算では、
国防費が6011億5600万元。

注目すべきは「公共安全費」の額である。
6244億2100元で、国防費より多く、
しかも、前年を13・8%
上まわった。

社会の安定と国家の統一が、
現在の中国の最大課題であることがわかる。

中国の網民(ネットユーザー)の人口はすでに
4億5000万人といわれる。
ネットを通じた反政府的な煽動を阻止するため、
それをあおる通信を遮断する強力な装置を、
政府は築き上げた。

「防火長城」と呼ばれる壁である。

たしかに中東でネット革命が盛り上がったころ、
中国語による反政府デモの呼びかけも相次いだ。

最初の呼びかけは2月17日。
「中国茉莉花革命」の言葉が登場した。
茉莉花とはジャスミンのことだ。

デモの集合場所として13都市が指定された。
だが、不発に終わった。
デモ参加者は少ないか、ゼロ。
多いのは警官隊とヤジウマだったそうだ。

さらに2月27日にもデモ呼びかけがあった。
集合都市は28に増えたが、結果は初回よりも
参加者は少なく、
失敗だった。

呼びかけが主として外国の中国語サイトからであり、
国内のネットユーザーはおとなしかった。
デモ参加を望む者も、警戒の厳重さに驚いて、
「警察に捕まりに行きたくない」と姿を
消した。

「飛んで火に入る夏の虫」を避けたとみられる。

2010年秋、獄中の民主活動家にノーベル賞
が決まってから、当局の規制はいっそう
強まった。

「ノーベル賞委員会の狙いは
逆効果」と見る活動家もいる。

それまで温家宝首相は「経済改革は政治改革に
よって、さらに進展する」などとのべていた。
このごろその発言が温家宝首相の口から
聞こえてこない。

中国政府の高官は「中国でジャスミン革命は
起きない」と断じ、また日本の丹羽宇一郎・
駐中国大使もジャスミン革命の可能性を
否定する判断を、自民党の外交部会で示した。

ネットによる煽動を阻止する「防火長城」を、
さらに乗りこえる方法を、ネットユーザーは
手にしたともいわれ、中国国内のサイバー戦争は
まだ終わってはいない。

『ネット大国中国ーー言論をめぐる攻防』(岩波新書)
を書いた遠藤誉さんはいう。2011年3月初頭
の段階での見方だ。

彼女は中国革命戦争を現地で生き抜いた
貴重な経験者。

「私は中国革命を経験し、
その後の文化大革命や天安門事件
を見てきた」

「革命が起きる時の社会の実態と
条件は、一応心得ているつもりだ」

「私には、現在の中国の網民
が民主革命を起こすために
リアル空間に飛び出すのでは、
という西側の期待は、少なくとも今のところ
裏切られるにちがいないという確信があった」

中国のジャスミン革命は、
まだ「ネット空間」に限られており、
それが「リアル空間」に飛び出す条件は
整っていない、というのだ。

ただし「少なくとも今のところ」の表現に注目したい。
結論を急がない慎重な観察を、
私たちに求めている。

画像

中国映画『ジャスミンの花咲く』の日本公開時のポスター。もちろんジャスミン革命とは無関係。ジャスミン、中国語で「茉莉花」。茉、莉、花、の名前を持つ3代にわたる女性を、名女優チャン・ツィイーが一人3役で演じた。土砂降りの雨の中、道路脇での出産場面がとくに話題を呼んだ。2004年制作。このポスターは私が所有している。
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第361回 マカオで考えた中国 (63)強権と民意尊重の間

2011/05/26 10:57
経済は自由、ただし政治・行政には
強権の匂いもつきまとう。

それがマカオである。

ただし、強権の実体においては、
本土が格段に上まわる。

中国の四川大地震は2008年5月2日。
9万人ほどの死者と行方不明者を記録している。
被災者の数字は日本の東北大震災をしのぐ。

あれから3年。
その復旧・復興ぶりはいかにも強権政治の
中国らしい。

四川省の省都・成都から林望が
伝えるところによればーー。

たとえば四川省で被災した約500万戸の
修復と再建、そして復興住宅の建設作業は
約2年で完了した。

3年間で省の年間予算の8倍も投入できた。

驚くのはその早さ、である。

ほぼ壊滅した北川チャン族自治県の曲山鎮
のことだ。鎮は行政単位で町くらい。
実際、曲山鎮の人口は約1万3千。

地震の直後にこの鎮を訪問した中央政府の
担当責任者は、すぐ決断した。

「鎮をそっくり移住させよう」

1週間後に移住先の候補地選びに着手、
2か月で土地の権利者からの収用を終えた。

私の感想は、これは典型的な「強権の成果」
というべきだ。
もちろん不満をもらす者も少なくはない。

なにしろ震災の結果、失職した被災者は
なんと200万人以上と、四川省当局は
推定している。

形の上の生活の拠点はできた。
生活向上の基礎も築かれた。

だが仕事をして収入をえて、
生活を安定させるには、
これからいく年かかるかわからない。

1995年、大震災を受けた神戸についても
同じことがいえる。

外観の復興は美しく実現した。ハード面である。
だが、被害の深刻だった地域ほど、
自殺率が高い。ソフト面の問題である。

たぶん神戸の復興ぶりは東日本大震災の
モデルにはなりにくい。そう思う。

四川大地震の復興ぶりも、しかりである。

財力と強権力があれば
復旧・復興の形はつくれる。

住民の幸福度と満足度は、まったく別。

多くの被災者の願いは多様である。
日本でも
「東北の被災住民の希望をできるだけ汲み上げて」
との声が聞こえる。正論であろう。

ただし個人個人の背景はみな異なる。
そのすべてを満足させる復興策はありえない。
総花的になって復興の主軸も見えなくなってしまう。

それを避けるには、
政治や行政がどこかで強い権限を行使しなければ
ならない。

民意尊重と強権のバランスはむずかしい。

「できるだけ多くの住民の希望を尊重して」

そんな結論に結局は落ちつかざるをえない
のではないか。

画像

安徽省の南端に位置する世界遺産、黄山の景観。2008年7月、撮影。ガイドはけわしい斜面を登りながら「四川の大地震はこんなに高い場所に住む人びとにも被害を及ぼした」と語った。
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第360回 超したたか日本女性

2011/05/11 11:26
外国の大統領夫人になった日本女性は
インドネシアに嫁いだデビ夫人をおいて、
ほかに知らない。

性格、環境、時代に育てられて、
デビ夫人は強く、したたかになっていった。

エピソードの一端を書き記す。

1965年、インドネシアを「9・30事件」
と呼ばれるクーデターが襲った。

私はその現場にいた。

彼女は対立する各派の幹部をゴルフに招くなど、
事態収拾に苦闘する夫、スカルノ大統領を支えた。
そんな政治力を発揮するデビさんに
私は目を見張った。

個人的にはこんなことを忘れない。

帰国するにあたって、バリ島の彫刻を
買った。1メートル半もの木材に、
複雑な彫りが施してあった。
デザインはガルーダ(タカ、インドネシアの国章)
で、雄大な羽には繊細な線が彫られていた。

悩みは、クーデター後の騒乱の中、
どうやって無事に日本まで持ち帰るか。

デビ夫人に相談したら、こうのたまった。

「簡単よ。近くインドネシア海軍の軍艦が
日本を訪問します。それに載せてもらいましょう」

帰国して3か月ほどのことだ。東京のインドネシア
大使館から電話を受けた。

「デビ・スカルノ大統領夫人閣下から浅井さん宛の
荷物が届いています。大使館までとりに
きていただけますか」

この重々しい言葉を聞いて、改めてデビ夫人の
公的地位の重さを思い出した。

インドネシア海軍にとって、
デビ夫人の力は絶対的だった。海軍大臣
への電話一本ですべての話はついたはずだ。

公私混同といったことは、配慮の外。
今日ならそんなこと不可能である。
冒頭に「時代に育てられて」と書いた。
そんな時代だったのだ。

我が家に飾られたガルーダ彫刻を眺めては、
半世紀ほどの間の、
時の流れの激しさを思わざるをえない。

「もう少し時が緩やかであったなら・・・」

堀内孝雄が唄い叫ぶ「愛しの日々」
のメロディが聞こえるようだ。

画像

1965年、インドネシアの首都ジャカルタに入港した日本の見本市船サクラ丸の甲板上のパーティ。宴たけなわで、スカルノ大統領はデビ夫人と一緒に「愛国の花」を日本語で合唱。「真白き富士の気高さよ・・・」。艶のあるスカルノの歌声を忘れない。列席の日本大使らもそれに和した。パーティを取材した私が撮影。
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第359回 マカオで考えた中国 ( 62) 原発「利益共同体」の存在

2011/05/09 07:53
 中国各地での原発増設計画には
すでに巨額の予算がつけられ、
現実に動き始めている。

「福島」のあと、
新増設についての審査や認可に、
一時的にブレーキがかけられたが、
工事中断に踏み切っていない。
そんな傾向があるようだ。

新設はしばらく(こんご1年ほどか)むずかしいが、
建設中のものの中断はありえないかもしれない。

2010年に事故を起こした広東省の原発に
ついて、電力会社は「福島」のあと地元に説明を
改めてしている。

「立地的に地震や津波の心配はない。
福島のように仮に電源が途絶えても、
炉心には自動冷却のシステムが備わっている」

地元への説明自体はめずらしいそうで、
それだけ地元民の心理や気持を
気にしているともいえる。

ここで重要なのは、
経済発展の基本に利益優先、というよりも
利益「最優先」の考えが強く流れていることだ。

時に「利益は安全より重要」とさえ
第3者には見える。

福島でも「安全より利益」を追求した
気配があり、それが深刻な事故に
つながった。いいかえれば、
原発を中心とする強固な利益共同体である。

日本でも「原始力村」と呼ばれる存在があり、
原発にむらがって利益を得る人や組織の
つながりである。。

中国国営の電力会社が元首相の李鵬氏の政治集団と
つながっていたともいわれる。
今日の政界におけるその政治集団
の実力ははっきりしない。

中国で「福島の反省」がどれほど生かされるか、
まだわからない。

中国では利益共同体の中身がやや特殊である。

発電の主体をなしてきたのは火力発電。
その燃料の多くは石炭、そして
石炭価格があがり続けている。

石炭よりもコストのかからない原発へと
傾いてきた。

もちろん深刻な事故が
起これば、コストが巨大なものとなることは
福島で証明された。

利益共同体の別の側面もある。

地方政府の財政上の計算である。
原発建設に協力すれば特別の税収を得られる。
地元住民に雇用の機会を与えられる。

このあたりも日本の利益共同体と
似ている。違うのは地方政府の誘致意欲が
強いことだ。説得されないと受入れたがらない
日本の自治体とは違う。

結局は、福島事故の行くえを中国当局も
注視せざるをえない。その結果が判明するまでは、
中国原発の安全を訴えながら、政策の最終結論を
先のばしする方針のようだ。

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安全への不安と原発の必要性。「核のジレンマ」の言葉が中国メディアにはよく見える。
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第358回 マカオで考えた中国 (61)原発政策の大転換はない

2011/04/26 09:27
過去に中国でも原発事故は起きている。

原発への不安の声が
ないわけではないが、小さい。
大きな反対デモの報道もない。

最近の原発事故は、2010年、広東省で起きた。
5月23日、大亜湾原子力発電所で
放射能が漏れたのだ。

関係当局の説明ではこうなる。
「燃料棒が部分的に溶融した。
漏れた放射能は微量。
国産化した燃料棒が質的に劣っていた」

「放射能漏れは微量」ということで、
事故は深刻とされず、収束していった。

「福島」事故で情勢が変わった。

漏れた放射能が食品にとりつき、
それを輸入する中国の食生活に影響し始めた。
放射能に汚染された水を
日本が海中に流したため、日本からの海産物
にも不安が生じた。

そんな動きが、中国政府に新しい緊張を与えた。

それに対して、中国政府も安全重視を
強調するだけであり、言論界にも正面切った
反対論は出ていない。

『BEIJING REVIEW』誌の2011年4月7日号には
「福島原発の事故は中国の原子力産業に警報ベル」
の言葉も見える。

同時に政府系の雑誌だから当然ではあるが、
専門家のこんな主張も紹介している。

「マグニチュード9の地震から受けた福島原発の
ダメージは小さかった。
津波によって補助的冷却システム
が故障したのだ」

「それを防ぐ技術はそれほどむずかしくはない。
もし津波の要素を原発設計に採りいれていたら、
補助的冷却システムは故障しなかっただろう」

同じように楽観的な見方を
別の専門家も示す。

「福島原発の中核部分は地震に耐えた。
津波の効果を過小評価したのが
主たる問題なのだ」

要するに単なる「設計ミス」ということだ。

これら二人の専門家は
いずれも原発推進の組織に属している。

つまり
中国原子力協会(CNS)、
全国原子力緊急事態調整委員会、
中国原子力事業団科学技術委員会
などだ。

「福島」の状況がさらに悪化すれば、
中国の世論の動きも変わるかもしれず、
それが政府の原発政策を揺るがすかもしれない。

だが、いまの時点で
中国政府の原発政策が、
計画の縮小や中止に向かうことは、
まず考えられない。

中国の原子力政策には、他の側面もあることを
さらに検討する。

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『BEIJING REVIEW』誌の内容。左ページの記事の主見出しは「原子力の安全を再考」、右ページの写真は、浙江省内で進む原発の建設作業の風景。
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第357回 マカオで考えた中国( 60) 原発建設は安全第一に

2011/04/24 14:28
ラスベガスにも負けていない。

マカオのカジノ収益だけの話ではない。
歓楽街の不夜城のような
輝きぶりのことである。

マカオには電機事業を受け持つ
「マカオ電力会社」があり、
マカオで消費する電力の大半を大陸からの
供給に頼っている。

その大陸でエネルギー安全保障が
にわかに議論され始めている。
きっかけの一つがもちろん
福島原発の事故だ。

中国のエネルギーの将来も原発に大きく
頼っている。その事実が急に重さを増している。

原発こそ中国の経済発展と環境保護を同時に実現する
最良の手段と、期待されていた。

多くの原発の所在地は中国大陸の沿岸に近い。
稼働中の13基はすべて沿岸部の3省、つまり
北から江蘇省(2基)、浙江省(5基)、広東省(6基)
にある。

もしこれらの原発で事故が起こると、
偏西風にあおられて
放射性物質は日本へ流れてくる。

それは黄砂の比でない害を日本にもたらす。
中国の原発の安全度に、日本は細心の注意を
払って置かねばならない。

中国の原発1号は1992年に稼働した。
現在までに稼働している原発は13基だが、
2010年末までに政府が認可した
原発は32基、
そのうち28基はすでに建設作業
が始まっている。

2011年春の時点で
世界の原発保有では米国、フランス、日本の順位。
だが中国の経済発展と生活向上のスピード
から判断して、
2020年までに中国の原発は100基以上、
さらに将来は200基を想定している。

世界最大の原発大国をめざす方向だった。

そこへ福島原発の事故である。

中国の国務院常務会議はさる3月半ば、
一部の建設作業中のものも含めて、新らしい建設計画の
審査と認可を一時的に停止した。

常務会議について政府系のニュース・オンライン版「中国網」は
次のように伝えている。

「国務院の温家宝総理は16日、常務会議を開き、
日本の福島原発の放射線漏れについて報告を聞いた。

会議では『原発は安全第一』で進めなければならないと
強調され、次の4つの方針が決定された。

(1)中国の原子力施設に対して
全面的な安全検査をただちに実施する。
危険な部分を探し出し、関連措置を講じて
絶対的な安全を確保する。

(2)運転中の原発の安全管理を強化する。
原発所在地の機関は制度を整備し、
操作規程を守り、
運転管理を強化する。
監督部門は監督・検査を強化し、
危険な部分をただちに見つけ、除くよう企業を指導する。

(3)建設中の原発を全面審査する。
建設中のすべての原発に対し、安全評価を行う。
安全基準にそっていない原発はただちに建設を停止する。

(4)新規の原発建設計画の審査・承認を厳格に行う。
原子力安全計画を直ちに策定し、
原発の中長期計画を調整する。
原子力安全計画が確定するまで、
すでに前期工事が始まっている計画を含め、
原発の建設計画を一時停止する」


さらに「日本との協力強化」も会議で打ち出した。
つまり日本に対して
「放射線の監視状況を発表し、
日本の被災地の中国人をいち
早く安全な場所に移転する」
ことを要請した。

では中国の原発は見直されるのか。増設の方向に変更はあるのか。
それを次回に検討する。

画像


広東省内で進む原発建設作業の様子。「BEIJING REVIEW」2011年4月7日号から。
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第356回 マカオで考えた中国(59)数字だけで人間は動かない

2011/04/07 09:57
「中国南部のマカオでは、放射能の
影響が少ない。安全だからおいで」

とツイッターで流れていたのに、
あっという間に情勢は急転。

日本からの野菜や海産物に
マカオ政庁が輸入制限を始めた。

ロシアは日本からの
海産物の輸入を全面的に禁止、
インドは禁止と解除を繰り返す動揺
ぶりを見せた。

近隣の韓国では「雨が降ると放射能が
地上に降りてくる」というので、
4月7日、臨時休校にした学校もある。

9月に東京の学校へ留学を予定していた
中国人が、あわてて大阪の学校に変更した。
そんな話も聞く。

仕事上、外国人と接触の多い大阪在住の
Eri前田さんは、
「大阪の外国人人口が増えるかも」
とのべている。

偏西風に乗った放射性物質は
太平洋、米大陸、大西洋とめぐり、
弱いながらフランスやドイツでも検出された。

地球を一周して中国や朝鮮半島にも
流れてきているはずだ。

米国は牛乳の検査を強化している。

欧州でも日本製品を警戒している。
フランスは日本からの食品輸入は少ないが、
工業製品の輸入が多い。

工業製品に対する風評被害にどう対処するか、
それをフランスは議論し始めている。

「工業製品に、なぜ?」

と思う人も多いかもしれないが、
それが風評被害というものだ。

工業製品は
食べるわけではない。
でも工業製品にも放射性物質が
付着しているのではないか、
と疑うのが人間の心理。

その疑いを
頭からは否定できない。

風評以上の危険性もあるかもしれない。

日産の台湾工場は早々と3月30日、
日本からの部品について、
放射線量の検査をすると発表した。

食品についての警戒心はさらに強い。

日本からの野菜を輸入したタイ。
税関で野菜の放射性物質を検査したら、
タイの基準値よりも低かった。
でもそれをすべて廃棄処分にした。

「大事をとって」「気持が悪い」「万が一を考えて」

その反応を無視できない。
不当と非難しにくい。

イメージという不確かな要素によって
日本の野菜や海産物が売れない。
買い手がつかない。

日本人も中国でSARSがひろまったころ、
あるいは餃子問題が発生したころ、
中国からの食品や工業製品を差別的な扱った。
それは記憶に新しい。

大震災後のテレビに出るたび、
私が繰り返している発言がある。

「データや数字だけでは人間社会は動かない」

器械や装置を使って人間はさまざまな
データや数字を引き出してくる。

福島の原発のように
装置が故障していることもある。

故障していないにしても、
引き出されたデータや数字を解釈するのは
人間である。

解釈を付加すると
データや数字は意味をもってくる。

人間の解釈には個性がある。人によって違う解釈をする。
その解釈を受け取って、行動するのも人間である。

放射能被曝を深刻に受け取る人、
あまり気にしない人・・・。

そこに人間心理が働く、心理など機械や装置で
判断できない。

経済学と似ている。
経済学者は数字で勝負する。
でも消費者は心理で動く。購買意欲などは
心理のかたまりである。

自然や生物(人間を含む)には
不確かな要素が満ち満ちている。

いま、それを確認するチャンスではある。

画像


香川県高松市の栗林公園。講演会に集まった人たちに震災の話をしても反応はとても穏やかであった。被災地から離れ、放射能からも遠く、余震もあまりなく、したがって人びとの反応は多様。栗林公園の自然は春をいっぱいに表現していた。2011年3月28日、撮影。(写真をクリックすると大きく見ることができます)
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第355回 マカオで考えた中国(58)因果はめぐる風評被害

2011/03/22 21:31
「放射能の影響は中国の南部ほど少ない。
だからマカオにおいで」

そんなツイッターがマカオから
流れたと聞く。

放射能の震源地、日本の福島から
遠ざかるほど好ましい。それは
事実だ。

「だからマカオへおいで」は
単純きわまる商売上の宣伝だろう。

あまり罪はない。

「塩分をとると被曝防止に役立つ」

そんな風評が中国で出まわり、
食塩の価格が一部地域で上がったと
伝えられる。

詳細はこうだ。

3月16日ころから、広東省、浙江省など沿岸地域で、
食塩を買う人がスーパーに殺到した。

「放射線予防にはヨウ素が効く。ヨウ素は食塩に含まれる。
これから出荷されてくる食塩は危険」

これで需要が急増、食塩の価格が10倍にもはね上がった。

この風評はウソで有害だ。

偏西風に追われて、福島発の放射能は
すぐには朝鮮半島や中国へは向かいにくい。

その基本の事実を無視したデマ情報である。

ただ日本からの輸入品は別だ。日本からの
旅行者も警戒対象になる。

香港では
輸入された日本食品から通常を越える
放射能が検出された。

米国などでは日本からの乗客は
空港で
放射能の汚染検査を受ける。

いくつかの外国で
日本からの食品は売れなくなっ
ている。

日本のスーパーの棚から
福島、茨城、栃木、群馬産のホウレンソウ
などが取り払われる。

その場面をテレビで見ていて、
デジャブ(既視感)がある。

つまり「いつか見た光景」である。

中国製の餃子が問題になったころ、
メード・イン・チャイナのものが
日本のスーパーの棚からいっせいに消えた。

「メード・イン・チャイナ」とあるだけで
有害でないものも含めて
すべてが排斥された。いま日本が
同じ不公正を嘆いている。

地球上のどこでも、またどの時代でも、
風評被害は強力である。大げさなマスコミ報道の
影響も大きい。

「最悪の事態に備える危機管理」

それがマスコミの有効な殺し文句である。

近年はとくにネット上のデマが瞬時に
世界をかけめぐる。風評被害は
ますます深刻になる。

どう対応したらよいか。答えはない。

ネット情報は
真実とウソが入りまじっていて、
区別するのはむずかしい。

「政府は正確な情報を出せ」

そう叫ぶだけでは答えにならない。

私はどうするか。

自分に影響しそうな情報に接する。
確かめるため取材に走る。
外国へもメールや電話で聞きまわる。
どう結論するかは私個人の責任だ。
そう考える。

その手段を持ち合わせないと、
この世は渡りにくい。

画像


レタスが出荷制限の対象でない段階で、さっぱり売れないので、早々と東京・新宿で「大安売り」。レタス1個68円、2個100円。産経ニュース・オンライン版から。3月22日付け。
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第354回 中東のスピード変化 (12)リビア爆撃の核心は石油

2011/03/21 15:23
ついに欧米軍がリビアを爆撃した。
欧州、とくにフランス、次いで英国が積極的だった。

欧州はリビアから石油を輸入している
それが背景にある。

「カダフィ軍に弾圧される市民を守るため」

というのが名目だが、最初の攻撃の
やり方から見ると、カダフィ政権の打倒、さらには
カダフィ殺害をねらったのでは、と疑わせる。

リビアが産油国でなければ、
こんな展開にはならなかっただろう。

東部ベンガジから反カダフィの火の手
があがった。
とくに東部に石油施設が集中している。

欧州が反カダフィ運動を応援したのは自然である。

日本でも独裁者は悪、民主化は善、の
立場から、反カダフィ勢力が首都トリポリへ
進むと、拍手喝采の報道がほとんどで、
カダフィの退陣は時間の問題との見方が多かった。

チュニジアとエジプトであっさり独裁が
倒れた。その記憶が新しかったからでもある。

そうした見方は、カダフィ軍が圧倒的な軍事力を
保っていた事実を無視していた。
400機以上のカダフィ空軍力も無視した。

カダフィの「傭兵」政策
をあざ笑うような議論が多かった。

カダフィ軍が巻き返してベンガジに
迫ったころ、東日本
大震災や福島原発事故が起きた。

世界の目が日本に注がれた間隙を
ぬうかのように、カダフィ軍は
ベンガジ攻略のピッチを早めた。

フランスは早々と反政府勢力を「リビアの正統勢力」
と認めていた。フランスは米国に次いで、世界2位の
原発大国であり、エネルギー感覚が鋭敏だ。

カダフィ軍が東部を制圧すれば、
フランスはカダフィから報復されかねない。

国連安保理がリビア上空に「飛行禁止空域」を
設定するための軍事行動を認める決議を
採択した。ロシア、中国、ドイツなど5か国は
棄権した。

カダフィ軍の反撃は強硬で、
多くの市民が犠牲になった。
それも事実である。

だが、フランス空軍のリビア攻撃は安保理決議を
背景にしているが、攻撃内容は
「飛行禁止」目的を越えていた。

アラブ連盟のムーサ事務局長は
「爆撃はわれわれが求めたものとは違う」
と不満を表明している。

ロシアもドイツも爆撃のやり方の
懸念や不満を発している。

福島原発事故で世界のエネルギー感覚が
研ぎすまされていた。その感覚が
フランスなどを焦らせて、
強硬爆撃を促した面も否定できない。

攻撃に一番積極的だったのはフランス、そして
英国だった。イラクやアフガニスタン
で手いっぱいの米国は
「欧州軍を支援するだけ」
と、最初から腰が引けていた。

カナダ、カタル軍なども追随したが、
おつきあいの印象が強い。爆撃に加わらずに
空軍を撤収している。

もちろん日本は
「攻撃を支持する」との声明だけで、
災害対策優先で頭がいっぱいだ。

リビア問題の核心は、あくまで「石油エネルギー」
である。

独裁反対や民主化や人権は「名目」だろう。

画像


爆撃されたカダフィ司令部ビル。記者団が現場を案内された。英国BBC放送のオンライン版から。
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第353回 日本の運命の日(2)東京から脱出せよ

2011/03/18 10:40
福島原発の危機を見て外国人が
東京からどんどん逃げ出した。

大使館の仕事を東京から大阪に移した
第1号は、オーストリアだった。

フィンランド大使館の移転先は
広島である。

米国大使館では館員家族97人を
チャーター機で台湾へ避難させた。さらに
米軍家族の避難も続いている。

それ以前から在日の一部の外国大使館は
「特別の必要のない者はなるべく東京を
離れよ」
と勧告している。

英国、イタリアなどは帰国のための
特別機まで検討した。

チェルノブイリを経験したロシアは
さすがに逃げ足が早く、在日のロシア人
で希望する者はすべて政府の救援機で
本国に連れ帰った。

知人の米国人の場合はこうだ。
日本人と結婚し、小さな子ども二人を持ち、
自分は東京で働く。

「子どもの白血球に異常を招き、遺伝子に
悪い影響を与えたら・・・」

そう恐れた彼は、妻子を大阪に送り出した。

別の知人も
「しばらく関東から関西へおいで」
「地震のないタイへ来い」
と連絡してきた。

嬉しいことだ。

外国が大騒ぎし、当事国の日本はは控え目になる。

このギャップはある程度はやむをえない。

当初から日本政府は「爆発的事象」などと
控えめの言葉を使って発表した。英国の
BBCテレビ、米国のCNNテレビなどは
最初から「大爆発!」と叫んでいた。

これはよく見られることだ。

2002年、中国で伝染病サーズが大流行した。
800人近くが死亡する大騒ぎだった。中国に
進出していた日本企業も、競って引きあげた。

もちろん大半の中国人は自国に
とどまらざるをえない。

ある日本企業は違った。
日本人社員全員が中国に踏みとどまり、
中国人の従業員とともに
生産活動を続けた。

それが高く評価されて、のちに中国政府から
さまざまな好意的な便宜を与えられた。

友人のデーブ・スペクターはこんなことを
言った。

「いま東京から逃げる米国人は卑怯だ」

彼とは意見の会わないこともあったが、
今回はいいことを言ってくれた。

<本当に困っている人たちと一緒に苦境をしのぐ>

被災者を助ける基本はそこにある、と思う。

中国、韓国、タイなどで東北の被災者への
募金が始まっている。

これらの国と
新しく好ましい関係が生まれるきっかけに
なるかもしれない。

中国の対日関係者は考える。
「尖閣問題で冷却した中日関係を
好転させるチャンス」
と。

彼らは具合的な方法を相談し始めている。

大悲劇から少しでもプラスを引き出すことが
できるかどうか。

画像


東日本大震災の被災者を救うための募金活動をする北京外語大学の学生たち。「一週間バイトをして得たお金から寄付した」と語る女子学生もいる。2011年3月17日、TBSニュースバードの映像から。
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