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元旦を迎えて思い出すのが阪神・淡路大震 災だ。私は1995年1月17日の震災の被 災者である。神戸のポートアイランドにいて 被災し、多くのものを目撃した。終戦直後の 風景に似ているなと幾度も思った。 2009年元旦、都心の日比谷公園を歩い た。見たいものの一つはリストラされた人た ちに対するテント村である。大晦日の夜、1 00人収容予定のテントに130人ほどがつ めかけて満杯となった。実行委員たちの寝る 場所が無くなり「徹夜して過ごした」と委員 の一人は淡々と語った。 支援者のなかに阪神・淡路大震災の被災者 もいた。「あの時の方がひどかった」とうな づきあった。三宮の小さな公園の風景を忘れ ない。排泄の様子は惨澹たるもので「恥も外 聞もなく」と言えばわかってもらえそう。 日比谷公園にはトイレがあった。支援者が 餅つきをし、お汁粉やキナコ餅をつくり就職 斡旋の相談所も設けられた。阪神・淡路大震 災では誰もが「放り出された」感じ。震災か らしばらくは誰も手を差し伸べてくれず、被 災者は自分を支えるだけで精一杯だった。力 のある者は大阪まで歩いて食を求めた。 リストラされた人たちは「ホームレスにな るしかない」と嘆くが、神戸市内ではホーム レスだらけだった。終戦直後の東京都内はホ ームレスの方が多かった。そんな過去の大惨 事に比べると、リストラ危機は悲劇には違い ないが、100年に一度の危機とはまだ思え ない。下には下があるのである。 2009年元旦、東京・日比谷公園で行われた餅つき風景。リストラされて住む家を無くした人たちに対する支援活動である。終戦直後の東京や阪神・淡路大震災直後の神戸市内の風景に比べると、ゆとりを感じさせる。 |
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